雨上がり決死隊はなぜ解散した?2026年の蛍原徹・宮迫博之の現在まで徹底解説

目次
雨上がり決死隊はなぜ解散した?2026年の蛍原徹・宮迫博之の現在まで徹底解説
雨上がり決死隊はなぜ解散した?2026年の蛍原徹・宮迫博之の現在まで徹底解説
@ creator • Click to Play Video Inline
🎵 雨上がり決死隊はなぜ解散した?2026年の蛍原徹・宮迫博之の現在まで徹底解説

雨上がり決死隊は、1989年に蛍原徹と宮迫博之が結成したお笑いコンビです。『吉本印天然素材』や『ワンナイR&R』で人気を集め、テレビ朝日系『アメトーーク!』では長年にわたり番組を支えてきました。しかし、2019年に発覚した宮迫博之の闇営業問題をきっかけにコンビとしての活動が途絶え、2021年8月17日、約32年の歴史に幕を下ろしました。

解散の背景には、吉本興業による宮迫博之の契約解除だけでなく、活動休止中に生じた2人の価値観や仕事の方向性の違いがありました。2026年10月現在、蛍原徹はテレビ番組のMCなどで活動を続け、宮迫博之はYouTubeを中心に発信しています。2人の歩みと解散の真相、現在の活動を時系列で整理します。

📌 【この記事の重要ポイントまとめ】
  • 結成と活躍:1989年に結成し、『吉本印天然素材』『ワンナイR&R』『アメトーーク!』などで人気を獲得。
  • 解散の理由:2019年の闇営業問題による活動休止に加え、復帰への考え方や仕事の方向性の違いが大きくなった。
  • 2026年の現在:蛍原徹はテレビ番組のMCとして活動を継続。宮迫博之はYouTubeや動画コラボなどを中心に活動している。

【結成から解散まで】雨上がり決死隊の歴史と代表番組

雨上がり 決死 隊の関連写真・ビジュアル
【画像】雨上がり 決死 隊 関連ショット

雨上がり決死隊の原点は、吉本総合芸能学院(NSC)大阪校7期生として芸人の道を歩み始めた蛍原徹と宮迫博之にあります。2人は1989年5月にコンビを結成しました。

当時の若手芸人は、舞台で経験を積みながらテレビ出演の機会を広げていく時代でした。雨上がり決死隊も関西で活動を重ね、徐々に全国的な知名度を獲得していきます。

1991年ごろには、ナインティナインやFUJIWARAらとともにユニット「吉本印天然素材」に参加。若手芸人によるダンスやコントなどを取り入れた活動で注目され、1992年には「第13回ABCお笑い新人グランプリ」で優秀新人賞を獲得しました。漫才だけでなく、身体を張った企画やコントにも対応できる芸人として認知されていきます。

その後、フジテレビ系のバラエティー番組『ワンナイR&R』などへの出演を通じて、コンビの知名度はさらに上昇しました。宮迫の演技力やキャラクターを生かしたコント、蛍原の独特な間合いと受けの巧みさは、2人の持ち味を広く知らしめる要素となりました。

2003年に始まったテレビ朝日系『アメトーーク!』も、コンビの歴史を語るうえで欠かせません。芸人が共通の趣味や経験、特定のテーマについて語り合う番組として発展し、長期にわたる人気番組となりました。雨上がり決死隊は、芸人たちの個性を引き出す司会者としても存在感を示しました。

こうした実績があったからこそ、2019年の騒動による活動休止と、2021年の解散は大きな衝撃を与えました。長年続いてきたコンビの歴史は、突然の解散発表だけでなく、その前後に起きた出来事を追うことで理解しやすくなります。

【時系列で整理】雨上がり決死隊の結成・闇営業問題・解散の経緯

雨上がり決死隊
【写真】雨上がり 決死 隊 近影・注目カット

雨上がり決死隊の解散を理解するには、1989年の結成から2019年の闇営業問題、2021年の解散報告会までを一続きの出来事として捉える必要があります。以下に、主要な節目をまとめました。

時期出来事意味・ポイント
1989年5月雨上がり決死隊を結成蛍原徹と宮迫博之による約32年間のコンビ活動が始まる。
1991年ごろ吉本印天然素材に参加若手芸人ユニットとして知名度を高める。
1990年代後半〜2000年代ワンナイR&Rなどに出演コントやバラエティーで全国的な人気を獲得。
2003年以降アメトーーク!がスタートコンビの代表的な仕事となり、長年の活動を支える。
2019年6月宮迫博之の闇営業問題が表面化謹慎処分などを経て、コンビとしての活動が停止状態になる。
2019年7月19日吉本興業が宮迫博之との契約解消を発表コンビ活動の再開が難しくなる大きな転換点となる。
2020年1月宮迫博之がYouTubeでの活動を開始個人での活動が進み、復帰に向けた方向性の違いが表面化する。
2021年4月蛍原徹から解散を切り出す長期の活動休止を経て、コンビを終える決断へ進む。
2021年8月17日解散を正式発表ABEMAなどで解散報告会が配信され、約32年の歴史に幕を下ろす。
2026年10月それぞれの道で活動を継続蛍原はテレビ番組のMC、宮迫はYouTubeなどを中心に活動している。

この年表から分かるのは、闇営業問題の発覚と解散発表の間に約2年の期間があったことです。問題発覚直後にコンビが解散したわけではありません。活動を再開できない時間が続くなかで、2人がそれぞれの仕事や復帰への考え方を変化させていったことが、解散の経緯を理解するうえで重要です。

年表に示した日付や出来事は、吉本興業の公式発表、ORICON NEWSなどの報道、番組関連の公開情報に基づいています。

【2019年の闇営業問題】宮迫博之の契約解除はなぜ起きたのか

雨上がり決死隊
【資料】雨上がり 決死 隊 報道・メディア記録

雨上がり決死隊の転機となったのが、2019年に発覚した宮迫博之の闇営業問題です。「闇営業」とは一般に、所属事務所を通さずに仕事を受けることを指します。ただし、この騒動が大きな問題となったのは、単に事務所を通さない仕事だったからではありません。反社会的勢力が関係する会合への出席や、報酬をめぐる説明が社会的な批判を招いたためです。

2019年6月、宮迫ら複数の芸人が、特殊詐欺グループとされる反社会的勢力の会合に出席していた問題が表面化しました。吉本興業は同月24日、宮迫を含む11人に対する当面の謹慎処分を発表しています。

吉本興業が当時公表した説明では、所属芸人への聞き取りなどを行った結果、会合が反社会的勢力の主催するものだという認識はなかったとされる一方、報酬を受け取っていたことが認められました。報酬を受け取っていないとする当初の説明が後に修正されたことも、騒動の深刻化につながりました。

そして、2019年7月19日、吉本興業は宮迫博之とのマネジメント契約を解消したと正式に発表しました。同社は公表文で、今後のマネジメント継続に重大な支障が生じたと判断した旨を説明しています。

ここで区別しておきたいのは、宮迫の契約解除と雨上がり決死隊の解散は、同じ出来事ではないという点です。2019年7月に発表されたのは、宮迫個人と吉本興業とのマネジメント契約の解消でした。コンビの解散が正式に発表されたのは、それから約2年後の2021年8月17日です。

契約解除によって、2人が従来どおりテレビ番組や舞台でコンビ活動を続けることは難しくなりました。さらに、騒動に対する社会的な批判や関係者への影響もあり、復帰に向けて時間をかける必要が生じました。こうして活動休止状態が長期化したことが、後の解散につながる背景となったのです。

【解散の真相】蛍原徹と宮迫博之の気持ちはなぜ離れたのか

雨上がり決死隊の解散理由を考える際、闇営業問題だけを原因とするのは十分ではありません。問題発覚がコンビ活動を止めた直接のきっかけだったことは確かですが、解散に至るまでには、2人の関係や仕事に対する考え方の変化がありました。

2021年8月17日に配信された『アメトーーク 特別編 雨上がり決死隊解散報告会』で、蛍原徹は、当初は宮迫と2人で再び活動したいと考えていたことを説明しました。しかし、宮迫がYouTubeを始めたころから、個人としての価値観や方向性の違いが大きくなっていったと明かしています。

蛍原が思い描いていたのは、騒動の反省を踏まえて時間を置き、世間の反応を見ながら、舞台などから少しずつコンビ活動を再開する道筋でした。報告会では、復帰までに1年、2年、あるいは5年かかるとしても、いずれ2人で再び活動できればという考えがあったことも語られました。

一方、宮迫は2020年1月にYouTubeチャンネルを開設し、個人としての発信を本格化させました。新しい活動の場を築くこと自体が解散理由だったわけではありません。しかし、蛍原が想定していた段階的な復帰と、宮迫が選んだ活動の進め方には違いがあり、その違いが2人の間に距離を生んだと考えられます。

また、蛍原は報告会で、宮迫と仕事をする後輩芸人たちから届く話を聞くことが心苦しかったという趣旨の心境も明かしました。長年一緒に仕事をしてきた相方に対する感情だけでなく、後輩や番組関係者など、周囲への影響も解散を考える要素になっていたことがうかがえます。

報告会で示された説明を整理すると、解散の真相は次の3点に集約できます。

  • 信頼関係の変化:闇営業問題によってコンビ活動が止まり、それまでの関係をそのまま維持することが難しくなった。
  • 復帰までの道筋の違い:蛍原は時間をかけた段階的な復帰を思い描いていた一方、宮迫はYouTubeなど個人の活動を進めた。
  • 価値観と方向性のずれ:活動休止中に考え方の違いが大きくなり、再びコンビとして仕事をすることが難しくなった。

つまり、闇営業問題は解散のきっかけであり、その後の約2年間に生じた価値観や方向性の違いが、最終的な決断につながったということです。どちらか一方の発言だけで全てを説明するのではなく、報告会で2人が語った経緯を合わせて見る必要があります。

【2021年8月17日の解散報告会】アメトーーク特別編で何が語られたのか

2021年8月17日、吉本興業は雨上がり決死隊の解散を正式に発表しました。同日午後8時からABEMAと吉本興業の公式YouTubeチャンネルで配信されたのが、『アメトーーク 特別編 雨上がり決死隊解散報告会』です。

報告会では、蛍原徹がコンビ解散を伝え、宮迫博之も闇営業問題について謝罪しました。久しぶりに2人がそろって『アメトーーク!』を思わせる場に登場したこともあり、番組には東野幸治、出川哲朗、ケンドーコバヤシ、FUJIWARAら、2人と関係の深い芸人たちも出演しました。

番組内では、蛍原が解散を切り出したこと、コンビ活動の再開を望んでいた時期があったこと、そして宮迫のYouTube開始などを経て気持ちにずれが生じたことが明かされました。単なる解散の告知にとどまらず、長く続いたコンビがどのような経緯で別々の道を選んだのかを説明する場となりました。

一方、テレビ朝日系『アメトーーク!』は、コンビ解散によって終了したわけではありません。報告会では、番組を蛍原徹とゲストMCによる形で継続する方針が説明されました。コンビ名の一部を冠していた番組名も整理され、現在の『アメトーーク!』へとつながっています。

この点は、解散をめぐる誤解を解くうえで重要です。雨上がり決死隊というコンビは解散しましたが、番組そのものや、蛍原が培ってきた司会者としてのキャリアまで終わったわけではありません。むしろ、長年の番組運営で築いた経験を生かし、蛍原は個人として仕事を続けていくことになりました。

【2026年現在】蛍原徹と宮迫博之は何をしている?

2026年10月現在、蛍原徹と宮迫博之はそれぞれ異なる活動の場を持っています。コンビとしての活動再開が公式に発表された事実はなく、現在の仕事も別々に展開されています。

蛍原徹の現在の活動

蛍原は吉本興業所属のまま活動を続けています。代表的な仕事の一つが、テレビ朝日系『アメトーーク!』のMCです。2026年10月の番組情報でも蛍原の出演が確認でき、番組は現在も放送を継続しています。

このほか、フジテレビ系『世界の何だコレ!?ミステリー』などのテレビ番組にも出演。BS10では、ゴルフ好きとして知られる蛍原がキャプテンを務める『蛍原徹の真剣ゴルフ部!ホトオープン』も放送されています。テレビ朝日が発表した2026年5月の『アメトーーク!』初アリーナライブにも出演しており、番組を中心とした活動は継続しています。

蛍原の活動を見ると、解散後に新しい仕事へ移っただけでなく、長年築いた司会者としての立場を維持しながら、ゴルフなどの趣味を生かした番組にも取り組んでいることが分かります。

宮迫博之の現在の活動

宮迫は吉本興業との契約解消後、YouTubeを中心に活動してきました。2026年10月も、自身のチャンネル「宮迫ですッ!」で動画の公開を続けており、芸人やクリエイターとのコラボレーション、日常を題材にした企画などを発信しています。

2026年10月には、中田敦彦が宮迫のYouTubeチャンネルに出演したことが日刊スポーツで報じられました。その際、宮迫は地上波テレビへの本格復帰を目指している趣旨を語っています。ただし、復帰への意欲を示す発言と、テレビ番組への出演が実際に決定したことは別です。2026年10月時点で、地上波への本格復帰が実現したと断定できる状況ではありません。

宮迫の活動は、テレビ中心だった時代から、動画配信やオンラインでの発信を中心とする形へ変化しました。個人で活動の場を築く一方、かつてのコンビ活動に戻るかどうかは、別の問題として残っています。

2人の現在の関係は?

2026年9月にテレビ朝日系の番組へ出演した蛍原は、元相方である宮迫の具体的な活動状況を詳しく把握していないという趣旨の発言をしています。これは現在の2人の関係すべてを説明するものではありませんが、少なくとも仕事を一体で進める関係にはないことがうかがえます。

コンビ解散後も、それぞれが芸能活動を続けていることは事実です。ただし、個人の活動が続いていることを、コンビ再結成の兆しと結び付けるのは早計です。再結成については、本人たちや所属先から具体的な発表があるかどうかを基準に判断する必要があります。

【雨上がり決死隊】に関するよくある質問(FAQ)

Q1:雨上がり決死隊はなぜ解散したのですか?
A1:2019年の宮迫博之の闇営業問題によってコンビ活動が停止したことに加え、復帰に向けた考え方や仕事の方向性に違いが生じたためです。2021年8月17日の解散報告会で、蛍原徹は宮迫との気持ちのずれが大きくなったことを説明しました。

Q2:雨上がり決死隊の解散はいつですか?
A2:2021年8月17日です。同日、吉本興業が正式に解散を発表し、ABEMAと吉本興業の公式YouTubeチャンネルで『アメトーーク 特別編 雨上がり決死隊解散報告会』が配信されました。1989年の結成から約32年でコンビの歴史に幕を下ろしました。

Q3:2026年現在、蛍原徹と宮迫博之は再結成していますか?
A3:2026年10月時点で、コンビ再結成が正式に発表された事実はありません。蛍原は『アメトーーク!』などのテレビ番組で活動を続け、宮迫はYouTubeなどを中心に活動しています。

【プロの結論】雨上がり決死隊の解散が示したもの

雨上がり決死隊の解散を理解するうえで、最も大切なのは、闇営業問題とコンビ解散を同一視しないことです。2019年の問題は活動休止と宮迫の契約解除を招いた直接的な転機でした。しかし、最終的に解散を決断した背景には、その後の時間の中で生まれた価値観や仕事の方向性の違いがありました。

1989年の結成から、『吉本印天然素材』『ワンナイR&R』『アメトーーク!』での活躍まで、2人は約32年にわたって同じコンビ名で活動してきました。その長い歴史があったからこそ、活動を再開することだけでなく、周囲への影響や互いの考え方を踏まえて関係を終えることも、一つの選択となったのです。

2026年現在、蛍原徹はテレビ番組のMCとして経験を重ね、宮迫博之はYouTubeなど新しい活動の場で発信を続けています。2人の歩みは分かれましたが、雨上がり決死隊として築いた番組やコントの実績まで消えるわけではありません。

解散の理由を知りたい読者にとっては、2019年の騒動だけで判断するのではなく、2021年の解散報告会で本人たちが説明した経緯と、その後の活動を合わせて見ることが重要です。再結成の可能性についても、過去の発言や周囲の期待だけではなく、本人たちの具体的な発表を基準に捉えることが、事実に沿った理解につながります。 (出典: 雨上がり 決死 隊(Yahoo!ニュース))