「吟じます芸人」天津木村の正体は?エロ詩吟誕生から岩手移住、2026年最新の活動まで徹底解説
「吟じます!」の口上と、独特の節回しで披露する「エロ詩吟」、そして決めぜりふの「あると思います」。この芸風で全国的な知名度を獲得したのが、お笑いコンビ「天津」の木村卓寛(きむら・たくひろ)さんです。2008年にブレイクし、2009年には「あると思います」が新語・流行語大賞にノミネートされました。
2026年10月現在、天津木村さんは岩手県に生活の拠点を移し、岩手朝日テレビの情報番組「Go!Go!いわて」のMCをはじめ、地域に根ざした活動を続けています。ブレイク後には月収が大幅に減少する時期も経験しましたが、現在は全国区の知名度を地域での仕事につなげています。エロ詩吟の誕生秘話から岩手移住の経緯、コンビ「天津」の近況まで、本人のインタビューや公式番組情報をもとに整理します。
📌 【この記事の重要ポイントまとめ】
- 吟じます芸人の正体:詩吟の技術と下ネタを組み合わせた「エロ詩吟」でブレイクした天津木村こと木村卓寛さん。
- ブレイク後の転機:テレビ出演の減少で収入が激減した後、2021年に岩手へ移住し、地域密着型のタレント活動を本格化。
- 2026年の最新活動:「Go!Go!いわて」のMCや岩手の魅力発信に加え、スポーツ関連イベントなどでも活躍。コンビ「天津」も吉本興業の公式プロフィールに掲載されています。
【吟じます芸人の正体】天津木村とは何者?エロ詩吟で一世を風靡
「吟じます芸人」という言葉から多くの人が思い浮かべるのは、天津木村さんでしょう。本名は木村卓寛。兵庫県出身で、吉本興業のNSC大阪校21期生として芸人の道に進み、1999年2月にお笑いコンビ「天津」を結成しました。
吉本興業の公式プロフィールによると、木村さんの特技には詩吟が挙げられています。芸風の土台にあるのは、単なる下ネタではなく、詩吟特有の節回しや声の張り、間の取り方です。まじめな伝統芸能を思わせる語り口で、日常の少しきわどい場面を大げさに表現する。その落差が笑いを生みました。
代表的なフレーズは「吟じます!」と「あると思います」。前者で観客の注意を引きつけ、詩吟調のリズムで状況を描写し、最後に「あると思います」と締める構成は、一度聞くと記憶に残りやすいものでした。
2008年ごろにブレイクすると、バラエティー番組や出版など活躍の場が広がり、木村さんは一躍、全国区の芸人になりました。日刊スポーツの2008年9月の報道でも、エロ詩吟のネタ本の発売が取り上げられています。
なお、「吟じます芸人」は芸名ではありません。天津木村という芸人を特徴づける呼び方であり、その代表的な芸がエロ詩吟です。コンビとしての活動と、木村さん個人の詩吟ネタやタレント活動は、分けて理解すると現在の仕事ぶりも見えやすくなります。
【元ネタと誕生理由】エロ詩吟はなぜ生まれた?「あると思います」の由来
エロ詩吟が生まれた背景には、木村さんの家に伝わる詩吟の経験と、芸人としての行き詰まりがありました。
2015年の日刊ゲンダイのインタビューによると、木村さんは祖父の代から詩吟教室がある家庭で育ち、自身も詩吟の師範代の資格を持っていました。芸人としての方向性を模索していた時期に、先輩芸人の麒麟が出演するラジオ番組で特技を尋ねられ、即興で下ネタを詩吟調に披露したことが、エロ詩吟の出発点になったといいます。
つまり、エロ詩吟の元ネタは、特定の古典詩や既存の楽曲ではありません。木村さんが身につけていた詩吟の技術を、お笑いの即興表現に転用したことが核心です。伝統的な節回しと現代的な下ネタを組み合わせる発想が、独自の芸風につながりました。
その後、先輩芸人らとのやり取りや助言を経て、「吟じます!」から始まり、「あると思います」で締めるスタイルが定着します。東洋経済オンラインの2026年4月のインタビューでも、木村さんはエロ詩吟を自分一人で完成させたというより、周囲とのやり取りのなかで形づくられた芸として振り返っています。
ブレイクのきっかけとして知られるのが、2007年に関西ローカルで放送された「オールザッツ漫才」です。日刊スポーツの2008年の報道では、この番組を機にエロ詩吟が大きく注目された経緯が紹介されています。翌2008年には全国的な人気を獲得し、2009年には「あると思います」が新語・流行語大賞にノミネートされました。
ここで押さえたいのは、木村さんの魅力が刺激的な内容だけにあったわけではないことです。詩吟の様式を理解しているからこそ、節回しそのものが笑いの装置になったのです。声の調子や間を含め、耳で聞いたときの印象まで計算された芸だったことが、強い記憶につながったと考えられます。
【経歴年表】2008年のブレイクから2026年まで、天津木村の歩み
木村さんの経歴を振り返ると、全国区のブレイク、人気の急落、働き方の変化、そして岩手での再出発という流れが見えてきます。主な出来事を時系列でまとめました。
| 時期 | 出来事 | ポイント |
|---|---|---|
| 1998年 | NSC大阪校21期生として芸人の道へ | 吉本興業の養成所で経験を積む |
| 1999年 | お笑いコンビ「天津」を結成 | 相方とコンビ活動を開始 |
| 2007年ごろ | 「オールザッツ漫才」でエロ詩吟が注目される | ブレイクのきっかけに |
| 2008年 | エロ詩吟で全国的にブレイク | ネタ本の出版など活動が拡大 |
| 2009年 | 「あると思います」が流行語大賞にノミネート | 全国区の知名度を獲得 |
| 2010年代 | テレビ出演が減少し、収入も大幅に減少 | 芸人としての働き方を模索 |
| 2021年 | 岩手へ移住し、「Go!Go!いわて」のMCに就任 | 地域密着型の活動を本格化 |
| 2022年以降 | 岩手の魅力発信や地域イベントなどで活動 | 地元での仕事を積み重ねる |
| 2026年 | 岩手での番組出演やスポーツ関連イベントに参加 | 地域を拠点に幅広く活動 |
この年表で注目したいのは、2009年の流行語大賞ノミネートがキャリアの頂点であると同時に、芸風の認知度が非常に高まった時期だったことです。一方、ブレイク時の知名度が、その後も同じ規模の仕事を保証するわけではありませんでした。
木村さんのキャリアは、短期間の流行と、その後の長期的な仕事づくりが必ずしも一致しないことを示しています。2021年の岩手移住は、単なる居住地の変更ではなく、活動の軸を全国向けのお笑い番組から地域に根ざした情報発信へ移す、大きな転換点となりました。
【ブレイク後の現実】天津木村の月収はなぜ激減した?一発屋と呼ばれた時期
エロ詩吟でブレイクした当時の木村さんは、テレビ出演や出版などで大きな収入を得ていました。2015年の日刊スポーツの報道や2022年のテレビ東京系「じっくり聞いタロウ」に関する記事では、ブレイク時の最高月収が390万円だったと紹介されています。
しかし、テレビへの出演機会が減ると、収入は急速に落ち込みました。東洋経済オンラインが2026年4月に掲載した本人インタビューでは、月収が3桁万円から1桁万円へ落ち込んだ経験が語られています。これは当時の収入についての証言であり、2026年現在の月収を示す数字ではありません。
なぜ、これほど大きな落差が生まれたのでしょうか。ひとつの要因は、強い決めぜりふと芸風が広く知られた一方で、そのイメージが固定されやすかったことです。短いネタで笑いを取る芸人は、流行の波に乗ると一気に知名度が上がりますが、番組の出演者や視聴者の関心が変われば、同じ芸だけで仕事を維持するのは難しくなります。
テレビ東京系の番組に関する2022年の記事では、木村さんがブレイク前後の収入の変化や、人気が落ちた後の厳しい経験を振り返ったことも紹介されました。人気絶頂期とその後の落差は、いわゆる「一発屋芸人」という言葉で語られることがあります。ただし、その呼び方だけでは、本人がその後にどのような仕事を築いたのかまでは見えてきません。
木村さんは2016年ごろからロケバスの運転手としても働き、のちにタレントのヒロミさんの運転手を務めました。芸人以外の仕事を経験した時期は、芸能活動を続けるための収入源を確保すると同時に、自分の働き方を見直す時間にもなりました。
その後の転機が岩手での仕事です。過去の知名度を頼りに全国区の再ブレイクだけを目指すのではなく、新しい土地で自分に求められる役割を探す。木村さんの歩みは、芸人のキャリアが舞台やテレビ出演だけで決まるわけではないことを示しています。
【岩手移住の経緯】天津木村はなぜ東京を離れた?Go!Go!いわてでの現在
木村さんが岩手への移住を決めたきっかけは、岩手朝日テレビの情報番組「Go!Go!いわて」のMCの仕事でした。同番組は2021年4月3日に放送を開始。岩手の魅力を伝え、地域の人々に寄り添うことを掲げた番組です。
2026年4月の東洋経済オンラインのインタビューによると、番組の出演依頼を受けた当初、木村さんは東京から岩手へ通うつもりでした。しかし、相談を受けたヒロミさんから、生放送のMCという仕事を任せてくれた人の覚悟に応えるには、現地で生活し、地域の人々と同じ時間を過ごすことも必要なのではないか、という趣旨の助言を受けたといいます。
この言葉が移住を決断する後押しになりました。2021年に岩手へ生活拠点を移した木村さんは、番組に出演するだけでなく、地域の飲食店を訪ねたり、岩手の食や暮らしを発信したりする活動にも取り組みました。
活動の広がりは、公的な記録にも表れています。岩手県の公式サイトでは、木村さんが「いわて暮らしアンバサダー」として掲載されています。また、JA全農いわては2021年11月、木村さんを「いわて牛応援団長」に任命したと発表しました。地域の魅力を紹介する仕事が、テレビ番組の枠を越えて広がっていったことが分かります。
2026年10月現在も、岩手朝日テレビの公式番組ページには「Go!Go!いわて」のMCとして木村さんの名前が掲載され、次回放送予定も案内されています。番組では、県内各地を訪ねる「天津木村のどっかええトコありますか?」などの企画を通じ、地域の人や場所を紹介しています。
さらに、岩手朝日テレビでは「天津木村のへぇ~岩手、それ あると思います」や「KICK OFF! IWATE」など、岩手を拠点とする番組にも関わっています。岩手県内だけでなく、青森を含む東北地域での仕事もあると、東洋経済オンラインの2026年のインタビューで語られています。
木村さんの現在の仕事は、かつてのエロ詩吟を繰り返すことだけではありません。地域の人々と交流し、その土地の食や文化、スポーツを紹介するMC・タレント業が中心です。芸風の知名度を入口にしながら、地域に関する知識や現場での経験を積み重ねることで、新しい仕事の土台を築いています。
【2026年最新】天津木村の評判とコンビ「天津」の近況
2026年の木村さんの活動を象徴するのが、岩手での継続的なメディア出演と、地域イベントへの参加です。
岩手朝日テレビの公式情報には、2026年の特別番組として「天津木村のGo!Go!Golf」や、いわて銀河ウルトラマラソンへの挑戦を追った番組が掲載されています。マラソンについては大会関連の公式情報でも100kmへの挑戦が紹介されており、テレビのMCにとどまらない活動が続いています。
また、2026年9月には、盛岡市のきたぎんボールパークで行われた東北楽天ゴールデンイーグルスの試合で、セレモニアルピッチを務めました。パ・リーグの公式情報によると、木村さんはマウンドでチームの勝利を願う一句を吟じてから投球。岩手に移住して5年がたったことに触れ、観客の拍手をうれしく感じたと話しています。
こうした活動は、木村さんが岩手でどのように受け入れられているのかを考える手がかりになります。全国的な流行語を生んだ芸人という過去の実績だけでなく、地域番組への継続出演や自治体のアンバサダー活動、スポーツイベントへの参加といった具体的な仕事があるからです。評判を単純な人気投票のように捉えるよりも、地域でどのような役割を任されているかに注目するほうが、現在の立ち位置を理解しやすいでしょう。
では、コンビ「天津」は現在どうなっているのでしょうか。吉本興業の公式プロフィールでは、コンビ名は「天津」として掲載され、木村卓寛さんと天津飯大郎さんの2人がメンバーとして紹介されています。天津飯大郎さんは、以前「向清太朗」の名前で知られていた木村さんの相方です。
また、岩手朝日テレビの2026年の特別番組情報には「麒麟&天津」の番組も掲載されています。木村さんが岩手で個人としての活動を広げている一方、コンビ「天津」の名前も公式の活動情報に残っています。
ただし、コンビのプロフィール掲載や特別番組への出演だけで、漫才の出演頻度や現在の活動量すべてを判断することはできません。木村さん個人の岩手での仕事と、天津としてのコンビ活動は、別々に見ていく必要があります。
エロ詩吟のイメージが強い木村さんですが、現在は地域情報の発信やスポーツ、観光に関わる仕事も重ねています。過去の代表ネタを知る視聴者にとっては意外な変化かもしれませんが、本人のキャリアを長い目で見れば、芸人として培った話術や親しみやすさを別の現場で生かしている姿とも受け取れます。
【吟じます芸人】に関するよくある質問(FAQ)
Q1:吟じます芸人といえば誰ですか?
A1:一般に「吟じます芸人」といえば、お笑いコンビ「天津」の木村卓寛さんを指します。「吟じます!」の口上と詩吟調の下ネタ「エロ詩吟」、「あると思います」の決めぜりふで知られています。
Q2:天津木村のエロ詩吟は何が元ネタですか?
A2:特定の古典詩が元ネタというわけではありません。詩吟の師範代の資格を持つ木村さんが、麒麟のラジオ番組で特技を尋ねられた際に即興で披露したネタが出発点とされています。その後、先輩芸人らとのやり取りを経て定番のスタイルになりました。
Q3:「あると思います」は流行語大賞を受賞したのですか?
A3:2009年の新語・流行語大賞にノミネートされました。ノミネートと大賞の受賞は異なります。
Q4:天津木村はなぜ岩手に移住したのですか?
A4:2021年に岩手朝日テレビの「Go!Go!いわて」でMCを務めることになったのがきっかけです。当初は東京から通うつもりでしたが、ヒロミさんから現地で暮らす覚悟について助言を受け、岩手への移住を決めたと本人がインタビューで語っています。
Q5:天津木村は2026年現在、何をしていますか?
A5:岩手を拠点に「Go!Go!いわて」のMCを務めるほか、岩手朝日テレビの番組や地域イベントなどで活動しています。岩手の魅力を発信するアンバサダーとしても活動し、2026年にはスポーツ関連のイベントにも参加しています。
Q6:お笑いコンビ「天津」は解散したのですか?
A6:吉本興業の公式プロフィールでは「天津」として掲載され、木村卓寛さんと天津飯大郎さんの2人がメンバーとして紹介されています。2026年には岩手朝日テレビの特別番組情報にも「麒麟&天津」の名前が掲載されています。ただし、これらの情報だけでコンビの出演頻度や活動量のすべてが分かるわけではありません。
まとめ:天津木村の現在は「一発屋」から地域に根ざしたタレントへの転換
天津木村さんは、詩吟の技術と下ネタを組み合わせたエロ詩吟で2008年にブレイクし、2009年には「あると思います」が新語・流行語大賞にノミネートされました。その後はテレビ出演の減少による収入の落ち込みを経験し、運転手の仕事などを経て、2021年に岩手へ移住しました。
2026年10月現在は、「Go!Go!いわて」のMCをはじめ、地域情報や観光、スポーツなどの分野で活動を続けています。岩手県のアンバサダーや地域イベントへの参加は、全国区の芸人としての知名度を、地域での継続的な仕事につなげてきたことを示しています。
天津木村のキャリアを理解するうえで大切なのは、2009年のブレイクだけで人物像を固定しないことです。「吟じます」「あると思います」という懐かしい決めぜりふは今も代表的な持ちネタですが、現在の活動はそれだけにとどまりません。過去の人気を振り返ると同時に、岩手でどのような番組や地域活動に取り組んでいるかを見ることで、芸人としての新たな歩みが見えてきます。 (出典: 吟 じ ます 芸人(Yahoo!ニュース))