とろサーモン久保田かずのぶとは?2026年最新プロフィールとM-1優勝までの軌跡を徹底解説

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とろサーモン久保田かずのぶとは?2026年最新プロフィールとM-1優勝までの軌跡を徹底解説
とろサーモン久保田かずのぶとは?2026年最新プロフィールとM-1優勝までの軌跡を徹底解説
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🎵 とろサーモン久保田かずのぶとは?2026年最新プロフィールとM-1優勝までの軌跡を徹底解説

お笑いコンビ「とろサーモン」の久保田かずのぶさんは、独特の毒舌と鋭い人間観察、そして緻密なネタ作りで知られるお笑い芸人です。2017年には、エントリー数4,094組の「M-1グランプリ」で優勝。長年にわたって準決勝敗退を経験した末につかんだ栄冠は、漫才師としてのキャリアを大きく変えました。

一方、久保田さんには高校卒業後のNSC入学試験で不合格になった過去や、相方の村田秀亮さんと一度は別々の道を歩んだ経緯もあります。2025年には初の自叙伝『慟哭の冠』を出版し、2026年現在も吉本興業所属の芸人として活動を続けています。プロフィール、本名・旧芸名、コンビ結成秘話、M-1優勝までの道のり、SNSや著作、世間の評判を整理します。

📌 【この記事の重要ポイントまとめ】
  • プロフィール:久保田かずのぶさんは1979年9月29日生まれ、宮崎県宮崎市出身。2026年10月時点で47歳です。
  • コンビ結成:高校の同級生だった村田秀亮さんと2002年7月に「とろサーモン」を結成。NSCの入学期は村田さんが21期、久保田さんが22期です。
  • M-1優勝:2017年、9度の準決勝敗退を経て初の決勝進出を果たし、13代目王者に輝きました。
  • 2026年の活動:吉本興業の公式プロフィールには劇場公演情報が掲載されており、芸人としての活動を継続しています。
  • 近年の著作:2025年3月に自叙伝『慟哭の冠』を刊行。芸人としての苦悩やM-1優勝までの歩みを知る手掛かりになります。

【久保田かずのぶのプロフィール】本名・旧芸名・年齢を整理

久保田とろサーモン
【画像】久保田 とろ サーモン 関連ショット

久保田かずのぶさんは、吉本興業に所属するお笑いコンビ「とろサーモン」のボケ担当で、ネタ作りも担っています。現在の芸名はひらがな表記の「久保田かずのぶ」。プロフィール上の本名・旧芸名として知られる「久保田和靖」も、同じ「くぼたかずのぶ」という読み方です。

吉本興業の公式プロフィールでは、1979年9月29日生まれ、宮崎県宮崎市出身、身長175cmと紹介されています。趣味は海釣り・バス釣り、特技はテニス、ラップ、観葉植物。テレビや舞台で見せる挑発的なキャラクターだけでなく、個人の趣味や表現活動にも幅があります。

久保田さんの芸風を理解するうえで押さえたいのは、漫才における役割です。村田秀亮さんがツッコミを担当する一方、久保田さんはボケとネタ作りを担います。独特の言葉選びや、一般的な会話の裏側にある人間心理を笑いに変える視点が、とろサーモンの漫才を形作っています。

項目プロフィール・実績補足
芸名久保田かずのぶ現在の主な芸名表記
本名・旧芸名久保田和靖読みは「くぼたかずのぶ」
生年月日1979年9月29日2026年10月時点で47歳
出身地宮崎県宮崎市村田秀亮さんも宮崎県出身
身長175cm吉本興業公式プロフィール掲載
所属吉本興業お笑いコンビ「とろサーモン」
担当ボケ・ネタ作りコンビの漫才を構成する中心的役割
NSC大阪NSC22期生村田さんより1期後輩
代表的な受賞歴2017年M-1グランプリ優勝コンビとして13代目王者

上記は吉本興業の公式プロフィール、M-1グランプリ公式サイト、出版元のKADOKAWAが公表した著者略歴などを基に整理した情報です。公式プロフィールを確認する際は、個人の紹介とコンビ全体のプロフィールを分けて見ると、担当や受賞歴を把握しやすくなります。

【NSC不合格から再出発】村田秀亮とのコンビ結成秘話

久保田とろサーモン
【写真】久保田 とろ サーモン 近影・注目カット

久保田さんと村田秀亮さんは、宮崎県内の高校で同級生だった間柄です。高校時代から親交があり、お笑いの道へ進むきっかけを作ったのは村田さんでした。スポニチアネックスが2022年に報じた2人の回想によると、村田さんは高校3年生のとき、久保田さんを吉本興業の養成所であるNSCに誘っています。

当時の久保田さんは、服飾関係の専門学校への進学も考えていたといいます。しかし、村田さんから「面白い」と評価されたことが芸人を目指すきっかけになりました。久保田さん自身も、当時は周囲から褒められる機会が多くなかったため、その言葉を受けてNSC受験を決めたと振り返っています。

NSCの入学試験で久保田だけが不合格に

久保田とろサーモン
【資料】久保田 とろ サーモン 報道・メディア記録

ところが、2人で受験したNSCの入学試験で、合格したのは村田さんだけでした。日刊ゲンダイの連載で久保田さんが語った内容によると、集団面接でほかの受験者に向けられた質問にも横から答えてしまったことが、不合格の理由だったと本人は受け止めています。協調性を問われる場面で、持ち前の前のめりな姿勢が裏目に出た形です。

村田さんは大阪NSC21期生、久保田さんは1年遅れて入学した大阪NSC22期生となりました。久保田さんが入学するまでの間、村田さんは養成所で別の相方と活動を始めます。久保田さんにとっては、親友と一緒にお笑いを始めるはずだった計画が崩れた時期でした。

一度は別々のコンビに。それでも再び2人で舞台へ

NSC卒業後も、2人はすぐに現在のコンビを結成したわけではありません。村田さんは別の相方との活動を経験し、久保田さんも複数の相方とコンビを組んでは解散を繰り返しました。それぞれが思うような結果を出せず、芸人として停滞する時期を過ごします。

2022年のスポニチアネックスの報道では、2人が互いに相方との活動を終え、アルバイトなどをしながら過ごしていた時期に、改めてコンビを組むことになった経緯が紹介されています。宮崎から大阪に出てきたにもかかわらず、お笑いの道で結果を出せていない。そんな状況から、最後に一緒に挑戦してみようという思いが再結成につながりました。

こうして2002年7月、とろサーモンが結成されます。最初から成功が約束されたコンビではありませんでした。NSCの不合格、別々の相方との活動、解散と再出発を経て、ようやく現在の形にたどり着いたのです。

【M-1グランプリ2017優勝】9度の準決勝敗退を乗り越えた軌跡

とろサーモンのキャリアを語るうえで欠かせないのが、2017年12月3日のM-1グランプリ優勝です。M-1グランプリ公式サイトの大会記録によると、2017年大会のエントリー数は4,094組。とろサーモンはこの大会で初めて決勝に進出し、最終決戦で審査員7人中4票を獲得して優勝しました。

注目すべきなのは、優勝までの長い道のりです。出版元KADOKAWAの著者紹介によると、とろサーモンは2000年代からM-1に挑戦し、東京進出後も準決勝敗退を重ねました。準決勝での敗退は9度。2017年は、当時の出場資格におけるラストイヤーでもありました。

大阪時代には2006年の第27回ABCお笑い新人グランプリで最優秀新人賞、2008年の第38回NHK上方漫才コンテストで最優秀賞を受賞しています。早い時期から実力を評価されていたにもかかわらず、M-1では決勝に届かない。その積み重ねが、2017年の優勝を単なる一度の成功以上の出来事にしました。

2017年大会の記録から読み解く優勝の意味

2017年大会の公式記録では、とろサーモンのファーストラウンド得点は645点でした。和牛は653点、ミキは650点で、とろサーモンはファーストラウンドの得点だけを見ると3組中で最上位ではありません。それでも最終決戦の投票で支持を集め、優勝を手にしました。

この結果が示すのは、M-1が単純な総合点だけで勝者を決める大会ではないということです。ファーストラウンドで上位3組に残り、最終決戦で審査員の票を獲得する必要があります。とろサーモンは、長い経験に裏打ちされた漫才で最後の勝負を制しました。

2017年12月3日付の日刊スポーツは、優勝決定時の2人の様子を報道しています。久保田さんは喜びを爆発させ、村田さんも長年の苦労を振り返りながら喜びを語りました。優勝賞金は1,000万円。芸歴を重ね、結果が出ない時期を乗り越えてきた2人にとって、大きな転機となりました。

なお、2017年大会の最終決戦に進んだのは、とろサーモン、和牛、ミキの3組です。大会公式サイトには当日の進出記録や決勝結果が残されており、優勝までの経過を確認できます。

【2026年現在の久保田】芸人活動・SNS・出版の広がり

2026年10月時点で、久保田さんは吉本興業に所属し、とろサーモンとして活動を続けています。吉本興業の公式プロフィールには、ルミネtheよしもとをはじめとする劇場公演情報が掲載されています。M-1優勝から年月がたった現在も、漫才師として舞台に立つことが活動の柱です。

一方、個人での活動も広がっています。久保田さんはXとInstagramで本人名義のアカウントを運用しており、Xでは「@kubotakazunobu」、Instagramでも同じユーザー名を使用しています。公式SNSでは、本人の近況や活動に触れられます。投稿内容やフォロワー数は変動するため、最新情報を知りたい場合は各アカウントのプロフィールと直近の投稿を確認するのが確実です。

『慟哭の冠』で語られたM-1王者までの苦悩

2025年3月21日には、久保田さん初の自叙伝『慟哭の冠』がKADOKAWAから発売されました。四六判232ページの書籍で、発売時の定価は1,760円(税込)。著者自身の視点から、お笑いの世界で経験してきた挫折や葛藤、M-1優勝に至るまでの道のりが綴られています。

出版元の紹介では、大阪時代に賞レースで結果を出しても仕事が増えなかったこと、東京進出後にM-1準決勝で9度敗退したこと、そしてラストイヤーに初の決勝進出を果たしたことなどが紹介されています。優勝後の華やかなイメージだけでは見えにくい、長年の停滞や焦りを知るうえで重要な作品です。

久保田さんを理解するために、テレビでの毒舌だけを見て人物像を判断するのは十分ではありません。『慟哭の冠』では、勝ち負けへの執着や芸人としての苦しみを本人の言葉でたどることができます。舞台上のキャラクターと、芸を続けるために積み重ねてきた経験の両方を見ると、発言やネタの背景も理解しやすくなります。

「日めくり小言カレンダー」に表れた言葉へのこだわり

久保田さんの表現活動を知るうえでは、「久保田の日めくり小言カレンダー〆」も見逃せません。吉本興業の公式プロフィールで紹介されているこの商品は、外出自粛期間中にInstagramで毎日書き綴った小言を日めくりカレンダーにまとめたものです。

漫才のネタ作りだけでなく、短い言葉を通して世の中への違和感や感情を表現する姿勢がうかがえます。挑発的な言葉を笑いへと転換する芸風は、SNSでの発信や著作にもつながっています。ただし、過去に紹介された商品が2026年現在も同じ条件で販売されているかどうかは、公式の販売情報で確認する必要があります。

【久保田とろサーモンの評判】毒舌が支持される理由と批判された過去

久保田さんの評判は、毒舌や独特なキャラクターを面白さとして受け止める見方と、発言の内容や場面によっては厳しい批判につながるという見方に分かれます。とろサーモンの漫才では、久保田さんのひねった言い回しや強いボケを、村田さんが冷静なツッコミで受け止める構図が特徴です。この対比がコンビならではの笑いを生み出しています。

一方で、久保田さんの発言が大きな批判を招いた事例もあります。2018年12月のM-1グランプリ終了後、久保田さんはスーパーマラドーナの武智さんとともに、審査員だった上沼恵美子さんへの批判を含む動画配信を行いました。報道によると、動画では審査姿勢への批判が強い言葉で語られ、SNSを通じて拡散しました。

久保田さんは2018年12月4日、自身のSNSで上沼さんに対する発言を謝罪し、深く反省している旨を表明しました。この一件は、歯に衣着せぬ発言が持ち味の芸人であっても、発言の対象や伝え方、公開する場面によって受け取られ方が大きく変わることを示しました。

ここで区別したいのは、漫才の中で演じるキャラクターと、舞台の外で実際に行う発言は同じものではないという点です。観客がネタの中で楽しむ毒舌と、特定の人物に向けた言葉では、受け手への影響も異なります。久保田さんの芸風を評価する際には、笑いとして成立している場面と、実際の発言として批判された場面を分けて考える必要があります。

評判を判断するときに見るべき3つのポイント

第一に、漫才やテレビ出演では、ネタの構成と相方との掛け合いに注目することです。久保田さんの強い言葉だけでなく、村田さんのツッコミによって笑いが成立する仕組みを見ると、コンビとしての技術が分かります。

第二に、本人の発言を評価する際は、発言の前後関係や公開された場面を確認することです。短い切り抜き動画や見出しだけでは、ネタなのか、個人への批判なのか、発言の意図や経緯を十分に理解できない場合があります。

第三に、過去の騒動と現在の活動を混同しないことです。2018年の騒動は報道記録として残る一方、2025年には自叙伝を刊行し、2026年も劇場出演情報が掲載されています。過去の出来事を評価材料の一つとしながら、現在の活動や実際の作品にも目を向けることが、人物像を立体的に捉える方法です。

【久保田とろサーモン】に関するよくある質問(FAQ)

Q1:とろサーモンの久保田かずのぶの本名は何ですか?
A1:本名・旧芸名として知られる表記は「久保田和靖」です。現在は「久保田かずのぶ」というひらがな表記の芸名で活動しています。読み方はいずれも「くぼたかずのぶ」です。

Q2:久保田かずのぶは2026年現在、何歳ですか?
A2:1979年9月29日生まれのため、2026年10月時点で47歳です。出身地は宮崎県宮崎市で、吉本興業に所属しています。

Q3:久保田かずのぶがNSCに不合格になった理由は何ですか?
A3:本人が日刊ゲンダイの連載で振り返ったところによると、集団面接でほかの受験者への質問にも横から答えてしまったことが理由だったと受け止めています。その後、翌年に大阪NSC22期生として入学しました。

Q4:とろサーモンはいつ結成されましたか?
A4:2002年7月です。久保田さんと村田秀亮さんは高校の同級生で、互いに別の相方との活動を経験した後、再びコンビを組みました。村田さんは大阪NSC21期生、久保田さんは22期生です。

Q5:とろサーモンがM-1グランプリで優勝したのは何年ですか?
A5:2017年です。エントリー数4,094組の大会で初めて決勝に進出し、最終決戦で審査員7人中4票を獲得して優勝しました。準決勝敗退を9度経験した末の栄冠でした。

Q6:久保田かずのぶの著書『慟哭の冠』とはどのような本ですか?
A6:2025年3月21日にKADOKAWAから発売された初の自叙伝です。M-1準決勝での敗退を繰り返した時期や、芸人としての苦悩、2017年の優勝に至るまでの歩みが紹介されています。

Q7:久保田かずのぶの最新情報はどこで確認できますか?
A7:吉本興業の公式プロフィールで所属や公演情報を、本人のX・Instagramで近況や本人発信を確認できます。出演予定やSNSの投稿内容は随時変わるため、最新の掲載情報を見るのがおすすめです。

まとめ:【プロの結論】久保田かずのぶの魅力は挫折を笑いに変える表現力

とろサーモンの久保田かずのぶさんは、1979年9月29日生まれ、宮崎県宮崎市出身のお笑い芸人です。高校時代の同級生である村田秀亮さんに誘われてお笑いの道を志し、NSCの不合格や別々の相方との活動を経て、2002年にとろサーモンを結成しました。

コンビは2006年のABCお笑い新人グランプリ、2008年のNHK上方漫才コンテストで評価されながらも、M-1では準決勝敗退を重ねます。そして2017年、ラストイヤーに初の決勝進出を果たし、4,094組の頂点に立ちました。2025年の自叙伝『慟哭の冠』は、その成功の裏側にあった苦悩を知るための重要な作品です。

久保田さんを評価する際に大切なのは、毒舌という分かりやすい特徴だけで人物像を決めつけないことです。漫才のネタ作り、村田さんとの掛け合い、長年の賞レース経験、SNSや著作での表現活動まで視野を広げると、単なる強烈なキャラクターでは片づけられない芸人としての歩みが見えてきます。

2026年現在も劇場公演などを通じて活動を続ける久保田さん。M-1優勝という実績に加え、挫折や葛藤をどのように笑いや言葉へと変えていくのか。その表現の変化を追うことが、今後の久保田かずのぶさんを知るうえでの大きな見どころです。 (出典: 久保田 とろ サーモン(Yahoo!ニュース))