競馬学校卒業生の歴代名簿【2026年最新】武豊・横山典弘と42期生ゼロの真相を徹底解説
競馬学校卒業生を調べると、武豊騎手や横山典弘騎手をはじめ、日本競馬の歴史を築いてきた名手たちの名前が並びます。一方、2026年はJRA競馬学校の騎手課程で、春にデビューする卒業生がゼロとなる異例の事態が発生しました。1982年の開校以来、騎手課程から新人騎手が誕生しない年は初めてです。
JRA公式の卒業者名簿によると、2025年3月5日時点の卒業者数は313名。第1期の柴田善臣騎手、第2期の横山典弘騎手、第3期の武豊騎手など、卒業生は騎手として活躍するだけでなく、引退後に調教師などへ転身する道も歩んでいます。2026年9月には柴田善臣騎手も引退し、長年にわたる騎手生活に区切りをつけました。
📌 【この記事の重要ポイントまとめ】
- 歴代名簿:JRA公式名簿には第1期から2025年卒の第41期生までが掲載され、卒業者数は313名。
- 2026年の異例の事態:2023年入学の第42期生は7人全員が退学または留年となり、2026年春の競馬学校卒新人騎手はゼロとなった。
- 騎手育成の課題:体重管理、騎乗訓練、負傷リスクに加え、応募者数の長期的な減少も、今後の人材確保を考えるうえで見逃せない。
【歴代名簿】競馬学校卒業生は何期まで?第1期から最新の卒業生までを整理
JRA競馬学校は千葉県白井市にある、騎手や厩舎スタッフを育成する教育機関です。騎手課程は1982年に開校し、1985年に第1期生が騎手としてデビューしました。卒業者名簿には、卒業年、期、氏名、出身地、所属トレーニングセンターなどが記載されています。
名簿を確認する際に押さえておきたいのは、競馬学校への入学、学校の卒業、騎手免許の取得、実際のデビューは、それぞれ異なる段階だという点です。学校に入学した全員が卒業するわけではなく、卒業しても騎手免許試験に合格しなければJRAの騎手にはなれません。
また、公式名簿に掲載されるのは卒業者です。退学者や留年者を含めた在校生の履歴をすべて確認できる名簿ではありません。第42期生のように卒業に至らなかったケースを調べる場合は、卒業者名簿だけでなく、JRAの発表や報道も合わせて確認する必要があります。
2026年10月時点で、JRA公式の卒業者名簿に掲載されている最新の卒業年は2025年です。第42期生は2026年春の卒業・デビュー予定者がゼロとなったため、2025年卒の第41期生が最新の卒業世代となっています。
近年の卒業生を見ると、2023年卒の第39期生は6人、2024年卒の第40期生は7人、2025年卒の第41期生は7人でした。人数だけを見ると毎年一定数の新人騎手が誕生していましたが、2026年はこの流れが途切れています。
【著名騎手の歩み】武豊は第3期、横山典弘は第2期、柴田善臣は第1期
競馬学校卒業生の歴代名簿を語るうえで、欠かせないのが柴田善臣騎手、横山典弘騎手、武豊騎手です。3人はそれぞれ異なる期の出身であり、日本競馬の第一線で長く活躍してきました。
JRA公式の卒業者名簿では、柴田善臣騎手が第1期、横山典弘騎手が第2期、武豊騎手が第3期に記載されています。第1期からは須貝尚介氏、第2期からは松永幹夫氏、第3期からは蛯名正義氏なども登場し、騎手としての実績を積んだ後、調教師として競馬界を支える人材も生まれました。
代表的な卒業生と2026年時点の状況をまとめると、次のようになります。
| 卒業年・期 | 主な卒業生 | 2026年時点の状況・実績 |
|---|---|---|
| 1985年・第1期 | 柴田善臣、須貝尚介 | 柴田善臣は2026年9月18日に騎手を引退。須貝尚介は調教師として活動。 |
| 1986年・第2期 | 横山典弘、松永幹夫、熊沢重文 | 横山典弘は現役騎手。松永幹夫は調教師。熊沢重文は2023年に騎手を引退。 |
| 1987年・第3期 | 武豊、蛯名正義 | 武豊は現役騎手。蛯名正義は騎手を引退し、調教師に転身。 |
| 2023年・第39期 | 田口貫太、河原田菜々、小林美駒ら | 若手騎手として活動。男女を含む6人が卒業。 |
| 2024年・第40期 | 高杉吏麒、吉村誠之助、石神深道ら | 7人が卒業。若手騎手としてキャリアを積む世代。 |
| 2025年・第41期 | 上里直汰、遠藤汰月、谷原柚希、田山旺佑、舟山瑠泉、森田誠也、和田陽希 | 7人が卒業。JRA公式名簿に掲載された最新の卒業世代。 |
| 2026年・第42期 | 卒業者なし | 7人全員が退学または留年となり、2026年春の競馬学校卒新人騎手はゼロ。 |
柴田善臣騎手は1985年のデビューから41年以上にわたって騎乗し、JRA公式発表によると、通算2,341勝、重賞96勝、うちGⅠ9勝という成績を残しました。2026年9月18日付で騎手免許が取り消され、引退後はJRAのアドバイザーに就任する予定です。引退式は同年11月1日に東京競馬場で実施される予定となっています。
横山典弘騎手は1986年に騎手免許を取得。JRAが2025年11月24日に公表したプロフィールでは、JRA通算2,992勝を挙げ、GⅠ28勝を含む重賞190勝を記録していました。2025年の秋には黄綬褒章を受章し、2026年も現役騎手として騎乗を続けています。
武豊騎手は第3期生を代表する存在です。長年にわたってGⅠ戦線の中心を担い、2026年も現役で騎乗しています。若手時代から第一線に立ち続けるキャリアは、競馬学校卒業後の道のりを考えるうえで象徴的です。
なお、卒業生の現状を調べる際には、騎手として現役かどうかだけでなく、引退後の進路にも目を向けたいところです。2026年2月には和田竜二騎手と藤岡佑介騎手が騎手を引退し、同年3月から調教師となりました。卒業生のキャリアは、騎手としての現役生活だけで完結するものではありません。
【仕組みを解説】JRA競馬学校の騎手課程はどう進む?卒業までの約3年間
JRA公式の「騎手になるには」によると、騎手課程の教育期間は約3年間です。生徒は原則として全寮制の生活を送り、騎乗技術だけでなく、競走馬の扱い、競馬の規則、身体管理など、騎手に必要な知識と技術を学びます。
入学試験では身体検査、体力測定、学科試験、面接などが行われます。第1次試験を通過した受験者は、合宿形式の第2次試験で騎乗実技や面接などに臨みます。入学後も審査や教育が続くため、入学試験に合格したことは騎手デビューの保証にはなりません。
教育課程は、大きく基礎課程と実践課程に分かれます。JRAの説明では、基礎課程は約17.5か月。実践課程では、前期にトレーニングセンターの厩舎へ配属され、調教師の指導を受けながら調教騎乗などを経験します。後期には競馬学校へ戻り、約5.5か月にわたって模擬レースなどを通じた訓練を行います。
さらに、中央競馬の騎手になるには、学校を修了するだけでは足りません。JRAが実施する騎手免許試験に合格し、免許を取得する必要があります。騎手免許試験では、学力に関する筆記・口頭試験、騎乗技術試験、人物考査などが行われます。
この仕組みは、騎乗技術だけが優れていれば騎手になれるわけではないことを示しています。レース中の判断力や馬を扱う技術に加え、ルールを守る姿勢、身体能力、継続して学ぶ力なども求められます。競馬は馬券の発売を伴う公正競技であり、騎手には競技の安全性と公正性を守る責任があるからです。
【42期生デビューゼロの真相】4人が退学、3人が留年となった経緯
2026年の新人騎手デビューをめぐる問題は、2025年9月に明らかになりました。報道によると、2023年4月に入学した騎手課程第42期生は、男女合わせて7人。応募者192人の中から選ばれた生徒たちでしたが、在学中に退学者と留年者が相次ぎました。
日刊スポーツなどの報道によると、7人のうち4人が退学し、残る3人も進級できず留年となりました。その結果、2026年春に競馬学校を卒業してデビューする新人騎手が一人もいないことが判明しました。1982年の競馬学校開校以来、騎手課程から新人騎手が誕生しない年は初めてです。
通常、競馬学校の卒業時期には生徒による模擬レースや卒業式が行われます。しかし、42期生は卒業・デビュー予定者がゼロとなったため、例年の行事も実施されないことになりました。単に卒業人数が少なかったのではなく、当該年度にデビューする学校卒の新人騎手が存在しないという異例の事態です。
問題の背景について、JRAは2025年9月22日の定例記者会見で説明しています。菊田理事は、退学・留年につながる要因として、けが、体重管理、規則の遵守、学力、体力など複数の事情を挙げました。また、毎年退学者や留年者はいるものの、今回は結果として卒業・デビュー予定者がゼロになったとの認識を示しています。
同会見では、騎手が公正競馬を担う存在であることを踏まえ、求める水準を引き下げる考えはないことも説明されました。JRAは教育環境やカリキュラムの充実に取り組む姿勢を示しています。
ここで注意したいのは、「42期生の卒業生がゼロ」という表現は、2026年春の卒業・デビュー予定者がゼロになったことを指すという点です。留年となった3人について、その後の進級や卒業の可能性まで否定するものではありません。また、退学・留年の個別の理由が7人全員について詳細に公表されているわけでもありません。
体重管理や騎乗訓練中の負傷は報道で取り上げられた論点ですが、特定の生徒の退学理由を一律にそれらへ結びつけることはできません。JRAが説明した複数の要因を踏まえ、個々の事情と制度全体の課題を分けて考える必要があります。
【厳しい訓練の実態】体重管理・負傷リスクと騎手不足の関係
競馬学校の騎手課程で特徴的なのが、在学中から続く厳格な体重管理です。JRAの公式Q&Aによると、生徒は毎朝、寮監などの立ち会いのもとで体重を測定し、年齢に応じて定められた指定体重を超えないよう、自ら管理することが求められます。
これは、騎手が競走馬に騎乗する際、定められた負担重量に対応しなければならないためです。騎手の体重はレースの条件と直結しており、一般的なスポーツのように体力向上だけを目標にすればよいわけではありません。体格を維持しながら、筋力、持久力、反応速度、バランス感覚を磨く必要があります。
騎乗訓練にもリスクがあります。馬は生き物であり、予測できない動きをすることがあります。騎手候補生は馬を操る技術を学ぶ一方、落馬などの負傷リスクにも向き合わなければなりません。JRAも、けがや体力面の問題が留年・退学につながる場合があると説明しています。
ただし、厳しい体重管理や負傷リスクだけで42期生の問題を説明するのは不十分です。規則の遵守、学力、体力なども要因として挙げられており、騎手の養成には技術面と生活面の両方が関係しています。育成制度を評価するなら、訓練の厳しさだけでなく、生徒が課題を早期に把握し、適切な支援を受けられる環境があるかどうかも重要です。
もう一つの課題が、騎手を志す若者の減少です。競馬情報サイトnetkeibaが2025年4月に報じた第44期生の入学式の記事によると、同年の応募総数は198人でした。応募者が最も多かった1998年の761人と比べると、約4分の1にとどまります。2025年4月には女性2人を含む9人が入学しました。
この数字は、競馬人気と騎手志望者数が必ずしも同じ動きをするわけではないことを示しています。netkeibaの記事は、少子化に加え、体重制限やけがのリスクなどが、騎手を将来の職業として選ぶ際のハードルになっている可能性を指摘しています。
2023年卒の第39期生は6人、2024年卒の第40期生は7人、2025年卒の第41期生は7人でした。そこに2026年春の卒業・デビュー者ゼロが重なったことで、新人騎手の供給が一時的に途切れました。ただし、この一度の出来事だけでJRA全体の騎手不足の規模や将来を断定することはできません。現役騎手の引退数、若手の定着率、応募者数、卒業・免許取得者数を継続的に見る必要があります。
騎手不足への対応は、入学者を増やすだけでは完結しません。安全な訓練環境、体重管理に関する適切な指導、生活面の支援、規則やコンプライアンス教育を両立させ、入学した人材が専門性を身につけて卒業できる確率を高めることも重要な課題です。
【プロの結論】卒業生名簿から読み解く、騎手育成制度の現在地
競馬学校卒業生の歴代名簿から分かるのは、著名騎手の出身期だけではありません。卒業後に騎手として長く活躍する人、調教師へ転身する人、途中で進路を変える人など、競馬界を支える人材の多様なキャリアも見えてきます。
2026年は、第1期生の柴田善臣騎手が引退した一方、第2期生の横山典弘騎手や第3期生の武豊騎手が現役で騎乗を続けています。同じ競馬学校の卒業生であっても、キャリアの長さや役割は一様ではありません。騎手としての実績を比較するときは、勝利数だけでなく、現役期間、騎乗数、重賞・GⅠ実績、引退後の進路も併せて見ると理解が深まります。
名簿と成績を調べる際は、次の3点を意識すると情報を整理しやすくなります。
- 卒業年と入学年を混同しない:第42期生のように、入学した期と卒業・デビュー予定年を分けて確認する。
- 現役・引退の状況を更新する:卒業者名簿は出身者を確認する資料、引退騎手プロフィールは現在の免許状況を確認する資料として使い分ける。
- 成績の基準日を確認する:通算勝利数は更新されるため、2025年度終了時点の数字と2026年の最新成績を混同しない。
JRA公式の卒業者名簿は、2025年3月5日時点で313名を掲載しています。一方、騎手の現役・引退状況や通算成績は、その後も変わります。2026年9月に引退した柴田善臣騎手のように、歴代名簿では卒業生であっても、現在の騎手一覧では引退者に分類されるケースがあります。
42期生の問題を単なる異例のニュースで終わらせないためには、退学・留年の要因を分析するとともに、応募者数、教育環境、卒業後の定着率を長期的に検証することが欠かせません。騎手に求める安全性や公正性の基準を守りながら、将来の担い手を育てる仕組みを整えられるか。そこに競馬学校の今後を考える核心があります。
【競馬学校卒業生】に関するよくある質問(FAQ)
Q1:競馬学校卒業生の歴代名簿はどこで確認できますか?
A1:JRA公式サイトの「競馬学校・卒業者名簿」で確認できます。卒業年、期、氏名、出身地などが掲載されています。現役か引退済みか、通算勝利数がいくつかを調べる場合は、JRAの騎手プロフィールや引退騎手プロフィールも併せて確認してください。
Q2:武豊騎手、横山典弘騎手、柴田善臣騎手は何期生ですか?
A2:JRA公式の卒業者名簿では、柴田善臣騎手が第1期、横山典弘騎手が第2期、武豊騎手が第3期です。柴田善臣騎手は2026年9月18日に引退しましたが、横山典弘騎手と武豊騎手は2026年も現役で騎乗しています。
Q3:競馬学校42期生は、なぜ卒業生ゼロになったのですか?
A3:2023年に入学した7人のうち4人が退学し、残る3人も進級できず留年となったため、2026年春の卒業・デビュー予定者がゼロになりました。JRAは、けが、体重管理、規則の遵守、学力、体力など複数の要因を挙げています。留年した生徒の将来の卒業可能性まで否定するものではありません。
まとめ:競馬学校卒業生の現在と、2026年以降の騎手育成を見極めるポイント
競馬学校卒業生の歴代名簿には、柴田善臣騎手、横山典弘騎手、武豊騎手をはじめ、日本競馬を代表する人材が並びます。JRA公式名簿で確認できる卒業者数は2025年3月5日時点で313名。2025年卒の第41期生までが掲載され、2026年春は第42期生の退学・留年が相次いだことで、競馬学校卒の新人騎手が誕生しない初めての年となりました。
この問題を理解するには、個々の生徒の進路だけでなく、体重管理や騎乗訓練の負担、規則遵守の教育、応募者数の推移、現役騎手の引退状況を合わせて見る必要があります。2026年には柴田善臣騎手が引退し、和田竜二騎手や藤岡佑介騎手も調教師へ転身しました。経験豊富な人材が次の役割へ移る一方で、新人を安定的に育てる仕組みの重要性は増しています。
今後の動向を追う際は、卒業者名簿だけで判断せず、JRAの騎手免許試験結果、卒業者数、引退騎手一覧、年度別成績を基準日とともに確認することが大切です。歴代名簿は過去の実績を知る資料であると同時に、競馬界がどのように次世代の騎手を育てていくのかを考える手がかりでもあります。 (出典: 競馬 学校 卒業生(Yahoo!ニュース))