日馬富士は現在何をしている?2026年最新の活動、横綱時代と引退理由を徹底解説
第70代横綱として大相撲の頂点に立ち、幕内優勝9回を記録した日馬富士公平氏。2017年11月、貴ノ岩への暴行問題を受けて現役を引退し、日本の相撲界を去った元横綱は、現在どのような活動をしているのでしょうか。
2026年10月現在、日馬富士氏の引退後の歩みを知るうえで重要なのが、モンゴルで理事長を務める「新モンゴル日馬富士学園」と、日本の大学との教育・国際交流です。福山市立大学や秋田大学などが公表した活動記録からは、相撲界を離れた後、教育分野で日本とモンゴルをつなぐ役割を担っている姿が確認できます。一方、現役時代の輝かしい実績と、暴行事件によって失われた横綱としての信頼は、切り離して考えられない問題でもあります。
📌 【この記事の重要ポイントまとめ】
- 現在の活動:モンゴルの新モンゴル日馬富士学園で理事長を務め、教育や国際交流に取り組んでいる。
- 相撲の実績:日本相撲協会の公式記録では、第70代横綱、幕内優勝9回、生涯戦歴827勝444敗85休とされている。
- 引退の経緯:2017年の貴ノ岩暴行問題で横綱としての責任を取り、同年11月29日に引退。2018年1月には傷害罪で罰金50万円の略式命令を受けた。
【2026年最新】日馬富士は現在何をしている?学校理事長としての活動
日馬富士氏の引退後の活動を理解するうえで、中心となるのがモンゴルの教育機関「新モンゴル日馬富士学園」です。同氏は同学園の理事長を務め、子どもたちの教育や次世代の人材育成に関わっています。
日本の大学が公表した情報によると、2025年12月24日には福山市立大学を訪問し、学生や教職員、地域住民ら約50人を前に講演しました。この訪問については、同大学が2026年1月9日に公表しています。講演では自身の相撲人生を振り返り、あいさつや感謝の気持ち、人とのつながりの大切さなどを伝えました。
同大学の発表では、日馬富士氏が理事長を務める学園について、幼稚園から高校までの一貫校として日本式教育に取り組んでいることも紹介されています。現役時代に培った経験を、子どもたちの成長や教育活動に生かそうとする取り組みです。
さらに、2026年3月26日には秋田大学を表敬訪問しました。同大学の公表資料によると、学園関係者とともに大学の関係者やモンゴルからの留学生らと交流し、教育・研究面での連携について意見を交わしています。
同じ3月26日には、秋田県立大学と新モンゴル日馬富士学園との連携協力協定に関する発表もありました。公表された協定の目的には、学生・教職員の相互交流、留学生の受け入れ促進、共同研究や教育プログラムの実施などが含まれています。
こうした活動を見ると、日馬富士氏の現在は、単に元横綱として相撲を離れて暮らしているという状況ではありません。少なくとも2026年に公表された大学関係の記録からは、学園の代表として教育交流を進める姿が確認できます。
なお、これらの発表は学園理事長としての公的活動を示すものであり、日々の学校運営の詳細や、2026年後半の活動すべてを網羅するものではありません。現在の姿を把握するには、大学などの公表記録と学園の公式情報を区別して読む必要があります。
【経歴・プロフィール】第70代横綱・日馬富士の実績を年表で整理
日馬富士公平氏は1984年4月14日生まれ。日本相撲協会の公式プロフィールでは、モンゴル・ゴビアルタイ出身、身長186センチ、体重137キロとされています。本名はダワーニャム・ビャンバドルジで、入門当初のしこ名は「安馬」でした。
2001年1月場所で初土俵を踏み、2004年11月場所に新入幕。2009年1月場所で大関に昇進し、2012年11月場所から第70代横綱として土俵に上がりました。横綱在位は2017年11月までです。
日本相撲協会の歴代横綱一覧によれば、日馬富士の幕内優勝は9回。横綱としての在位期間は約5年間に及びます。軽量級の体格を生かした鋭い立ち合いとスピード、相手の懐に入る攻めを持ち味とし、大型力士との対戦でも存在感を発揮しました。
主要な経歴を整理すると、次のようになります。
| 時期 | 出来事 | 主な実績・備考 |
|---|---|---|
| 1984年4月14日 | モンゴルで誕生 | 本名はダワーニャム・ビャンバドルジ |
| 2001年1月 | 初土俵 | しこ名は安馬 |
| 2004年11月 | 新入幕 | 幕内力士として活躍 |
| 2009年1月 | 大関昇進 | 上位陣の一角を担う |
| 2012年11月 | 横綱昇進 | 第70代横綱に就任 |
| 2017年11月29日 | 現役引退 | 貴ノ岩暴行問題を受けて引退届を提出 |
| 2018年1月 | 傷害事件の刑事手続き | 鳥取簡易裁判所が罰金50万円の略式命令 |
| 2018年9月 | 新モンゴル日馬富士学園が開校 | 引退後の教育活動につながる転機 |
日本相撲協会の公式記録に掲載されている生涯戦歴は、827勝444敗85休、101場所です。幕内戦歴は712勝373敗85休で、幕内優勝9回という数字は、横綱昇進以前から積み上げた実績を含んでいます。
受賞歴も豊富で、殊勲賞4回、技能賞5回、敢闘賞1回を記録しました。優勝回数だけでなく、技能面での評価も受けていたことが分かります。
ただし、これらの成績はあくまで競技者としての記録です。横綱としての実績が大きいことと、2017年の暴行問題に対する社会的・道義的責任は、別々に評価する必要があります。
【暴行事件の経緯】貴ノ岩問題は何が起き、どう決着したのか
日馬富士氏の引退を理解するうえで避けて通れないのが、2017年10月に発生した貴ノ岩への暴行問題です。事件は秋巡業中の鳥取市内の酒席で起き、その後、日本相撲協会の危機管理委員会による調査や鳥取県警の捜査に発展しました。
報道によると、10月25日夜から26日未明にかけて、日馬富士氏は同席していた貴ノ岩に暴行を加え、頭部などにけがを負わせました。貴ノ岩は10月29日に鳥取県警へ被害届を提出しています。
事件の発覚当初には、ビール瓶で殴ったという情報も報じられました。しかし、日馬富士氏はビール瓶による殴打を否定しています。刑事手続きで扱われた内容では、貴ノ岩の顔を平手で複数回殴り、頭部をカラオケのリモコンで殴打して裂傷などを負わせたことが問題となりました。初期の報道と、その後の捜査・刑事手続きで確認された内容を混同しないことが重要です。
日本相撲協会は2017年11月19日、公式に謝罪し、鳥取県警の捜査に協力するとともに、危機管理委員会による調査を進めると発表しました。事件は個人間のトラブルにとどまらず、力士の暴力防止や協会の危機管理のあり方にも影響を及ぼしました。
その後の主な経緯は、次のとおりです。
- 2017年10月25日夜〜26日未明:鳥取市内の酒席で貴ノ岩への暴行が発生。
- 2017年10月29日:貴ノ岩が鳥取県警に被害届を提出。
- 2017年11月14日ごろ:暴行問題が広く報じられ、相撲界を揺るがす問題に発展。
- 2017年11月19日:日本相撲協会が公式に謝罪し、調査と再発防止への取り組みを表明。
- 2017年11月29日:日馬富士氏が現役引退を発表。
- 2017年12月11日:鳥取県警が傷害容疑で書類送検。
- 2017年12月28日:傷害罪で略式起訴。
- 2018年1月4日:鳥取簡易裁判所が罰金50万円の略式命令。
- 2018年1月15日:報道によると、罰金50万円を納付。
これらの経緯は、日本相撲協会の発表と、日刊スポーツやデイリースポーツなどの報道で確認できます。特に刑事手続きについては、事件の発覚や引退表明だけでなく、略式起訴と罰金の略式命令まで追うことで、法的な決着を正確に把握できます。
なお、略式命令は正式な公開法廷での公判を経ずに罰金などを命じる手続きです。日馬富士氏の事件では傷害罪で略式起訴され、罰金50万円の略式命令が出されました。事件の法的な処理と、横綱としての責任をめぐる社会的な評価は、同一のものではありません。
【引退理由を検証】日馬富士はなぜ横綱の座を退いたのか
日馬富士氏が引退した直接の理由は、貴ノ岩への暴行問題です。2017年11月29日の引退会見で、本人は横綱としての責任を感じ、同日をもって引退すると説明しました。日本相撲協会に提出した引退届は受理されています。
引退は、成績不振や年齢による通常の引き際とは異なります。当時33歳だった日馬富士氏は、幕内優勝9回を記録した横綱でしたが、後輩力士への暴行という行為によって、横綱として求められる規範と責任が問われました。
横綱は、番付の最高位に位置する力士です。勝敗だけでなく、品格や模範となる振る舞いも期待されます。だからこそ、暴行問題は単なる私的なトラブルとして処理されず、横綱の地位そのものに関わる重大な問題となりました。
引退会見では、日馬富士氏が相撲ファンや関係者に謝罪したことが報じられています。一方で、本人が引退を決断したことと、事件に対する刑事責任の判断は別の手続きです。引退表明の後も捜査は続き、2017年12月に略式起訴、2018年1月に罰金50万円の略式命令という経過をたどりました。
ここで注意したいのは、「引退したから刑事責任を問われなかった」という理解は誤りだという点です。実際には引退後も刑事手続きが進み、傷害罪について罰金刑が確定する形で処理されました。
また、事件をめぐっては日本相撲協会の危機管理や、力士間の暴力を防ぐ仕組みも問われました。日本相撲協会自身が再発防止への取り組みを表明したことからも、問題の影響が当事者だけにとどまらなかったことが分かります。
日馬富士氏の引退を振り返る際は、本人が横綱としての責任を理由に引退したこと、刑事手続きで傷害罪の罰金命令を受けたこと、相撲界全体の暴力防止が課題となったことを、それぞれ区別して理解する必要があります。
【新モンゴル日馬富士学園】学校の理事長として取り組む教育活動
引退後の日馬富士氏の歩みを象徴するのが、2018年9月に開校した新モンゴル日馬富士学園です。外務省が日本・モンゴル交流に関する資料で紹介した内容によると、同学園は日馬富士氏と、新モンゴル学園の理事長を務めるガルバドラフ氏らの協力のもとで開校しました。
同学園は、幼稚園から高校までの教育を担う一貫校として紹介されています。日馬富士氏は理事長として学校運営に関わり、日本式教育を取り入れながら、モンゴルの子どもたちの学びや成長を支える活動に取り組んでいます。
この活動の特徴は、元横綱としての知名度を生かした単発の社会貢献にとどまらず、教育機関を通じて継続的な人材育成に関わっている点です。スポーツで得た経験を次世代に伝えるとともに、日本とモンゴルの間で教育交流を進める役割も担っています。
2026年に公表された大学との交流記録は、その具体例です。福山市立大学では学生や地域住民らを前に講演し、秋田大学では大学関係者やモンゴルからの留学生らと交流しました。また、秋田県立大学と同学園との連携協力協定では、学生・教職員の交流、留学生の受け入れ、共同研究などが掲げられています。
こうした取り組みは、日馬富士氏の現在を理解するうえで重要です。相撲界での活動を終えた後も、日本との関係を保ちながら、教育を通じてモンゴルの次世代育成に関わっていることが、公的な大学発表から読み取れます。
ただし、学園理事長としての活動と、日本相撲協会での活動は別のものです。現在の活動を説明する際に、日馬富士氏が相撲協会の役職に就いているかのように扱うのは適切ではありません。公表された近年の活動の中心は、教育機関の代表としての交流や講演です。
【日馬富士の評判】横綱としての功績と事件後の評価をどう見るか
日馬富士氏の評判を考えるとき、評価が分かれる最大の理由は、競技者としての実績と、暴行問題によって生じた責任の重さが併存していることです。
相撲の記録に目を向ければ、幕内優勝9回、第70代横綱、生涯戦歴827勝444敗85休という数字は、長く第一線で活躍した力士であったことを示しています。技能賞5回を含む受賞歴からも、土俵上での技術が評価されていたことが分かります。
一方、2017年の事件では、後輩力士にけがを負わせたことが問題となり、日馬富士氏は現役を引退しました。傷害罪で罰金50万円の略式命令を受けた事実も残っています。競技上の功績が大きいからといって、暴行問題の責任が軽くなるわけではありません。
逆に、事件だけを理由に、それ以前の競技記録まで存在しなかったかのように扱うのも正確ではありません。競技者としての実績と、事件に対する評価は、それぞれの根拠に基づいて整理するべきです。
引退後に教育活動を続けていることについても、評価の対象となるのは、学園の取り組みや教育交流の実績です。学校理事長として活動しているという事実だけで、過去の問題に対する社会的評価が一律に変わるわけではありません。
また、インターネット上の評判を語る際には、個々の投稿や匿名の書き込みを社会全体の意見と同一視しないことが大切です。信頼できる評価の材料となるのは、相撲協会の公式記録、刑事手続きに関する報道、大学や公的機関が発表した教育活動など、内容と発信主体が明確な情報です。
日馬富士氏をめぐる評価は、横綱としての功績、暴行問題に対する責任、引退後の教育活動という三つの側面から見ると、より立体的に理解できます。いずれか一つだけを取り上げるのではなく、各事実を分けて検討することが、人物像を正確に捉えるための判断基準になります。
【日馬富士】に関するよくある質問(FAQ)
Q1:日馬富士は2026年現在、何をしていますか? A1:モンゴルの新モンゴル日馬富士学園で理事長を務めています。2026年には福山市立大学での講演に関する発表や、秋田大学への訪問、秋田県立大学との教育連携に関する公表記録があり、教育・国際交流に関わる活動が確認できます。
Q2:日馬富士はなぜ引退したのですか? A2:2017年に貴ノ岩への暴行問題が発生し、横綱としての責任を理由に同年11月29日に現役を引退しました。その後、傷害罪で略式起訴され、2018年1月に罰金50万円の略式命令を受けています。
Q3:日馬富士の幕内優勝は何回ですか? A3:日本相撲協会の公式記録では9回です。第70代横綱として2012年11月から2017年11月まで在位し、生涯戦歴は827勝444敗85休、101場所と記録されています。
まとめ:日馬富士の現在と今後の活動を見極めるポイント
日馬富士氏は、第70代横綱として幕内優勝9回を記録した力士です。しかし、2017年の貴ノ岩暴行問題を受けて引退し、2018年には傷害罪で罰金50万円の略式命令を受けました。この経緯は、競技者としての実績とは別に、本人の歩みを理解するうえで欠かせない事実です。
2026年に公表された活動記録では、モンゴルの新モンゴル日馬富士学園の理事長として、日本の大学との教育交流や講演に関わる姿が確認できます。現役時代の相撲から教育分野へと活動の軸を移し、日本とモンゴルをつなぐ役割を担っていることが、引退後の大きな特徴です。
今後の日馬富士氏の動向を追う際は、学園の公式発表、連携先の大学による公表資料、日本相撲協会の記録、事件当時の報道を照らし合わせることが判断の基準になります。横綱としての功績、暴行問題に対する責任、教育活動の実績を混同せずに見ることが、現在の日馬富士を正確に理解するための要点です。 (出典: 日 馬 富士(Yahoo!ニュース))