アカデミー賞主演男優賞の歴代受賞者一覧|2026年第98回の結果と記録を徹底解説
アカデミー賞主演男優賞は、映画史に名を刻む俳優たちが競い合ってきた、世界的に権威のある映画賞の一つです。2026年3月15日に開催された第98回アカデミー賞では、『罪人たち』(Sinners)のマイケル・B・ジョーダンが主演男優賞を受賞しました。ティモシー・シャラメ、レオナルド・ディカプリオらを抑えての受賞となり、2025年公開作品を対象とした今回の結果にも注目が集まりました。
歴代受賞者を振り返ると、最多3度の主演男優賞受賞を誇るダニエル・デイ=ルイス、同一作品から3人がノミネートされた『戦艦バウンティ号の叛乱』、1932年の同時受賞など、意外な記録が見えてきます。映画芸術科学アカデミー(AMPAS)の公式記録をもとに、第1回から2026年の第98回までの受賞者一覧、受賞作品、ノミネートの仕組み、歴史的な記録を整理します。
📌 【この記事の重要ポイントまとめ】
- 2026年の受賞者:第98回アカデミー賞主演男優賞は『罪人たち』のマイケル・B・ジョーダン。
- 最多受賞記録:ダニエル・デイ=ルイスが主演男優賞を3度受賞。主演男優賞の単独最多記録を保持している。
- 歴史的なノミネート:『戦艦バウンティ号の叛乱』からクラーク・ゲーブル、チャールズ・ロートン、フランチョット・トーンの3人が同時に候補入りした。
【2026年最新】第98回アカデミー賞主演男優賞の受賞者とノミネート一覧
第98回アカデミー賞授賞式は、2026年3月15日、米国ハリウッドのドルビー・シアターで開催されました。映画芸術科学アカデミーの公式発表によると、対象となったのは2025年公開作品です。主演男優賞を獲得したのは、ライアン・クーグラー監督の『罪人たち』で双子の兄弟を演じたマイケル・B・ジョーダンでした。
今回の主演男優賞には、国際的な知名度を持つ俳優や、作品への徹底した役作りで評価された俳優が並びました。最終候補は以下の5人です。
- 受賞:マイケル・B・ジョーダン — 『罪人たち』(Sinners)
- ティモシー・シャラメ — 『マーティ・シュプリーム 世界をつかめ』(Marty Supreme)
- レオナルド・ディカプリオ — 『ワン・バトル・アフター・アナザー』(One Battle After Another)
- イーサン・ホーク — 『ブルー・ムーン』(Blue Moon)
- ワグネル・モウラ — 『シークレット・エージェント』(The Secret Agent)
この結果を歴代記録の観点から見ると、2026年の受賞者は、ダニエル・デイ=ルイスの3度受賞記録を更新したわけではありません。ジョーダンにとっては主演男優賞の初受賞であり、2026年時点の最新の受賞者として歴代一覧に加わりました。
なお、アカデミー賞では、授賞式の開催年と対象作品の公開年が一致しないのが基本です。第98回は2026年に開催されましたが、表彰対象は2025年公開作品でした。歴代一覧を調べる際は、どちらの年を基準にしているかを確認する必要があります。
【第1回から第98回まで】アカデミー賞主演男優賞の歴代受賞者一覧
以下は、授賞式の開催年と回次を基準にまとめた歴代受賞者一覧です。映画芸術科学アカデミーの公式データベースと各回の公式記録を基礎に、第1回のエミール・ヤニングスから第98回のマイケル・B・ジョーダンまでを時系列で紹介します。
1920年代〜1930年代:賞の創設と初期の名優たち
第1回(1929年):エミール・ヤニングス — 『最後の命令』(The Last Command)、The Way of All Flesh。第1回では、現在のような主演・助演の区分はありませんでした。
第2回(1930年):ワーナー・バクスター — 『懐しのアリゾナ』(In Old Arizona)。
第3回(1930年):ジョージ・アーリス — 『ディズレーリ』(Disraeli)。
第4回(1931年):ライオネル・バリモア — 『自由の魂』(A Free Soul)。
第5回(1932年):ウォーレス・ビアリー — 『チャンプ』(The Champ)、フレドリック・マーチ — 『ジキル博士とハイド氏』(Dr. Jekyll and Mr. Hyde)。この回は同時受賞となりました。
第6回(1934年):チャールズ・ロートン — 『ヘンリー八世の私生活』(The Private Life of Henry VIII)。
第7回(1935年):クラーク・ゲーブル — 『或る夜の出来事』(It Happened One Night)。
第8回(1936年):ヴィクター・マクラグレン — 『男の敵』(The Informer)。
第9回(1937年):ポール・ムニ — 『科学者の道』(The Story of Louis Pasteur)。
第10回(1938年):スペンサー・トレイシー — 『我は海の子』(Captains Courageous)。
第11回(1939年):スペンサー・トレイシー — 『少年の町』(Boys Town)。
初期の歴史で特に目を引くのは、1930年に第2回と第3回の授賞式が行われたこと、そして第5回で同時受賞が起きたことです。現在のように毎年1回の授賞式という形が定着する前には、対象期間や開催時期にも変則的な部分がありました。
1940年代:戦争と社会を映した演技
第12回(1940年):ロバート・ドーナット — 『チップス先生さようなら』(Goodbye, Mr. Chips)。
第13回(1941年):ジェームズ・スチュワート — 『フィラデルフィア物語』(The Philadelphia Story)。
第14回(1942年):ゲイリー・クーパー — 『ヨーク軍曹』(Sergeant York)。
第15回(1943年):ジェームズ・キャグニー — 『ヤンキー・ドゥードゥル・ダンディ』(Yankee Doodle Dandy)。
第16回(1944年):ポール・ルーカス — 『ラインの監視』(Watch on the Rhine)。
第17回(1945年):ビング・クロスビー — 『我が道を往く』(Going My Way)。
第18回(1946年):レイ・ミランド — 『失われた週末』(The Lost Weekend)。
第19回(1947年):フレドリック・マーチ — 『我等の生涯の最良の年』(The Best Years of Our Lives)。
第20回(1948年):ロナルド・コールマン — 『二重生活』(A Double Life)。
第21回(1949年):ローレンス・オリヴィエ — 『ハムレット』(Hamlet)。
この時代には、戦争や社会の変化、人間の精神的な葛藤を描く映画が存在感を増しました。主演男優賞の受賞作品にも、英雄的な人物だけでなく、人生の苦悩や複雑な内面を表現する役柄が並んでいます。
1950年代:ハリウッド黄金期を彩った受賞者
第22回(1950年):ブロデリック・クロフォード — 『オール・ザ・キングスメン』(All the King's Men)。
第23回(1951年):ホセ・フェラー — 『シラノ・ド・ベルジュラック』(Cyrano de Bergerac)。
第24回(1952年):ハンフリー・ボガート — 『アフリカの女王』(The African Queen)。
第25回(1953年):ゲイリー・クーパー — 『真昼の決闘』(High Noon)。
第26回(1954年):ウィリアム・ホールデン — 『第十七捕虜収容所』(Stalag 17)。
第27回(1955年):マーロン・ブランド — 『波止場』(On the Waterfront)。
第28回(1956年):アーネスト・ボーグナイン — 『マーティ』(Marty)。
第29回(1957年):ユル・ブリンナー — 『王様と私』(The King and I)。
第30回(1958年):アレック・ギネス — 『戦場にかける橋』(The Bridge on the River Kwai)。
第31回(1959年):デヴィッド・ニーヴン — 『旅路』(Separate Tables)。
1950年代の受賞者には、ハンフリー・ボガートやマーロン・ブランドのように、演技のスタイルそのものが後世の俳優に影響を与えた人物がいます。舞台的な発声や明確な身振りだけでなく、自然な会話や抑制された感情表現も高く評価されるようになりました。
1960年代:多様な人物像と社会性のある役柄
第32回(1960年):チャールトン・ヘストン — 『ベン・ハー』(Ben-Hur)。
第33回(1961年):バート・ランカスター — 『エルマー・ガントリー』(Elmer Gantry)。
第34回(1962年):マクシミリアン・シェル — 『ニュールンベルグ裁判』(Judgment at Nuremberg)。
第35回(1963年):グレゴリー・ペック — 『アラバマ物語』(To Kill a Mockingbird)。
第36回(1964年):シドニー・ポワチエ — 『野のユリ』(Lilies of the Field)。
第37回(1965年):レックス・ハリソン — 『マイ・フェア・レディ』(My Fair Lady)。
第38回(1966年):リー・マーヴィン — 『キャット・バルー』(Cat Ballou)。
第39回(1967年):ポール・スコフィールド — 『わが命つきるとも』(A Man for All Seasons)。
第40回(1968年):ロッド・スタイガー — 『夜の大捜査線』(In the Heat of the Night)。
第41回(1969年):クリフ・ロバートソン — 『まごころを君に』(Charly)。
1964年のシドニー・ポワチエの受賞は、歴史的な節目として知られています。ポワチエは主演男優賞を受賞した初の黒人男性俳優となり、ハリウッドの表現やキャスティングの歴史を考えるうえでも重要な存在です。
1970年代:演技の幅を広げた名優たち
第42回(1970年):ジョン・ウェイン — 『勇気ある追跡』(True Grit)。
第43回(1971年):ジョージ・C・スコット — 『パットン大戦車軍団』(Patton)。受賞を辞退したことで知られています。
第44回(1972年):ジーン・ハックマン — 『フレンチ・コネクション』(The French Connection)。
第45回(1973年):マーロン・ブランド — 『ゴッドファーザー』(The Godfather)。ブランドは受賞を辞退しました。
第46回(1974年):ジャック・レモン — 『セイブ・ザ・タイガー』(Save the Tiger)。
第47回(1975年):アート・カーニー — 『ハリーとトント』(Harry and Tonto)。
第48回(1976年):ジャック・ニコルソン — 『カッコーの巣の上で』(One Flew Over the Cuckoo's Nest)。
第49回(1977年):ピーター・フィンチ — 『ネットワーク』(Network)。
第50回(1978年):リチャード・ドレイファス — 『グッバイガール』(The Goodbye Girl)。
第51回(1979年):ジョン・ヴォイト — 『帰郷』(Coming Home)。
この時代は、スターとしての華やかさだけではなく、社会への批評性や人物の矛盾を表現する演技が際立ちました。ジョージ・C・スコットとマーロン・ブランドの受賞辞退は、賞そのものと俳優の信念との関係を考えるうえでも象徴的な出来事です。
1980年代:役柄への没入と変身型の演技
第52回(1980年):ダスティン・ホフマン — 『クレイマー、クレイマー』(Kramer vs. Kramer)。
第53回(1981年):ロバート・デ・ニーロ — 『レイジング・ブル』(Raging Bull)。
第54回(1982年):ヘンリー・フォンダ — 『黄昏』(On Golden Pond)。
第55回(1983年):ベン・キングズレー — 『ガンジー』(Gandhi)。
第56回(1984年):ロバート・デュヴァル — 『テンダー・マーシー』(Tender Mercies)。
第57回(1985年):F・マーリー・エイブラハム — 『アマデウス』(Amadeus)。
第58回(1986年):ウィリアム・ハート — 『蜘蛛女のキス』(Kiss of the Spider Woman)。
第59回(1987年):ポール・ニューマン — 『ハスラー2』(The Color of Money)。
第60回(1988年):マイケル・ダグラス — 『ウォール街』(Wall Street)。
第61回(1989年):ダスティン・ホフマン — 『レインマン』(Rain Man)。
1980年代には、肉体的な変化、話し方、視線、身体の使い方などを通じて、役柄を具体的に作り上げる演技が目立ちました。ロバート・デ・ニーロやベン・キングズレーの受賞作は、歴史上の人物や実在の人物を演じる際の役作りを語るうえでも欠かせません。
1990年代:演技派スターの競演
第62回(1990年):ダニエル・デイ=ルイス — 『マイ・レフトフット』(My Left Foot)。
第63回(1991年):ジェレミー・アイアンズ — 『運命の逆転』(Reversal of Fortune)。
第64回(1992年):アンソニー・ホプキンス — 『羊たちの沈黙』(The Silence of the Lambs)。
第65回(1993年):アル・パチーノ — 『セント・オブ・ウーマン/夢の香り』(Scent of a Woman)。
第66回(1994年):トム・ハンクス — 『フィラデルフィア』(Philadelphia)。
第67回(1995年):トム・ハンクス — 『フォレスト・ガンプ/一期一会』(Forrest Gump)。
第68回(1996年):ニコラス・ケイジ — 『リービング・ラスベガス』(Leaving Las Vegas)。
第69回(1997年):ジェフリー・ラッシュ — 『シャイン』(Shine)。
第70回(1998年):ジャック・ニコルソン — 『恋愛小説家』(As Good as It Gets)。
第71回(1999年):ロベルト・ベニーニ — 『ライフ・イズ・ビューティフル』(Life Is Beautiful)。
1990年代には、トム・ハンクスが2年連続で受賞するという際立った記録を残しました。また、外国語作品の主演俳優であるロベルト・ベニーニの受賞は、英語圏以外の映画と俳優がアカデミー賞で評価される可能性を示す出来事でした。
2000年代:実在人物の再現から社会派ドラマまで
第72回(2000年):ケヴィン・スペイシー — 『アメリカン・ビューティー』(American Beauty)。
第73回(2001年):ラッセル・クロウ — 『グラディエーター』(Gladiator)。
第74回(2002年):デンゼル・ワシントン — 『トレーニング デイ』(Training Day)。
第75回(2003年):エイドリアン・ブロディ — 『戦場のピアニスト』(The Pianist)。
第76回(2004年):ショーン・ペン — 『ミスティック・リバー』(Mystic River)。
第77回(2005年):ジェイミー・フォックス — 『Ray/レイ』(Ray)。
第78回(2006年):フィリップ・シーモア・ホフマン — 『カポーティ』(Capote)。
第79回(2007年):フォレスト・ウィテカー — 『ラストキング・オブ・スコットランド』(The Last King of Scotland)。
第80回(2008年):ダニエル・デイ=ルイス — 『ゼア・ウィル・ビー・ブラッド』(There Will Be Blood)。
第81回(2009年):ショーン・ペン — 『ミルク』(Milk)。
この年代は、実在のミュージシャンや政治家を演じる作品、社会的な問題を正面から描くドラマが高く評価されました。エイドリアン・ブロディの受賞は若い俳優の躍進を象徴し、ダニエル・デイ=ルイスは2度目の主演男優賞を獲得しています。
2010年代:国際化する映画界と多彩な役作り
第82回(2010年):ジェフ・ブリッジス — 『クレイジー・ハート』(Crazy Heart)。
第83回(2011年):コリン・ファース — 『英国王のスピーチ』(The King's Speech)。
第84回(2012年):ジャン・デュジャルダン — 『アーティスト』(The Artist)。
第85回(2013年):ダニエル・デイ=ルイス — 『リンカーン』(Lincoln)。
第86回(2014年):マシュー・マコノヒー — 『ダラス・バイヤーズクラブ』(Dallas Buyers Club)。
第87回(2015年):エディ・レッドメイン — 『博士と彼女のセオリー』(The Theory of Everything)。
第88回(2016年):レオナルド・ディカプリオ — 『レヴェナント:蘇えりし者』(The Revenant)。
第89回(2017年):ケイシー・アフレック — 『マンチェスター・バイ・ザ・シー』(Manchester by the Sea)。
第90回(2018年):ゲイリー・オールドマン — 『ウィンストン・チャーチル/ヒトラーから世界を救った男』(Darkest Hour)。
第91回(2019年):ラミ・マレック — 『ボヘミアン・ラプソディ』(Bohemian Rhapsody)。
2010年代は、実在の歴史的人物への変身、音楽家の人生の再現、身体的な変化を伴う役作りなどが話題になりました。2013年のダニエル・デイ=ルイスは『リンカーン』で3度目の主演男優賞を受賞し、同部門の単独最多記録を確立しました。
2020年代:第98回までの最新受賞者
第92回(2020年):ホアキン・フェニックス — 『ジョーカー』(Joker)。
第93回(2021年):アンソニー・ホプキンス — 『ファーザー』(The Father)。
第94回(2022年):ウィル・スミス — 『ドリームプラン』(King Richard)。
第95回(2023年):ブレンダン・フレイザー — 『ザ・ホエール』(The Whale)。
第96回(2024年):キリアン・マーフィー — 『オッペンハイマー』(Oppenheimer)。
第97回(2025年):エイドリアン・ブロディ — 『ブルータリスト』(The Brutalist)。
第98回(2026年):マイケル・B・ジョーダン — 『罪人たち』(Sinners)。
2020年代の受賞者には、心理的な葛藤を描いた人物、実在の歴史的人物、肉体的・精神的な変化を要求される役柄など、多様なタイプの演技が並びます。第98回の結果までを追うことで、主演男優賞が特定の演技スタイルだけを評価する賞ではないことがわかります。
【歴代記録を比較】ダニエル・デイ=ルイスの3度受賞と特筆すべき記録
歴代受賞者を比較する際、単純な受賞回数だけでは見落としやすいポイントがあります。主演男優賞そのものの受賞回数と、主演・助演を合わせた演技賞全体の受賞回数は別の記録です。また、受賞者の年齢、同時受賞、受賞辞退、同一作品からの複数ノミネートも、賞の歴史を理解するうえで重要な手掛かりになります。
| 記録・出来事 | 人物・作品 | 歴史的な意味 |
|---|---|---|
| 第1回の受賞者 | エミール・ヤニングス/1929年 | 主演男優賞の歴史の出発点。公式記録には2作品での受賞が掲載されている。 |
| 同時受賞 | ウォーレス・ビアリー、フレドリック・マーチ/1932年 | 主演男優賞の歴史上、唯一の同時受賞として知られる。 |
| 黒人男性として初の受賞 | シドニー・ポワチエ/1964年 | ハリウッドの人種的な表象とキャスティングの歴史における重要な節目。 |
| 死後の受賞 | ピーター・フィンチ/1977年 | 演技部門で初の死後受賞者となった。 |
| 主演男優賞の最多受賞 | ダニエル・デイ=ルイス/3度 | 1989年、2008年、2013年の受賞。主演男優賞の単独最多記録。 |
| 最年少受賞者 | エイドリアン・ブロディ/2003年 | 『戦場のピアニスト』で29歳で受賞した。 |
| 最年長受賞者 | アンソニー・ホプキンス/2021年 | 『ファーザー』で83歳で受賞した。 |
| 第98回の受賞者 | マイケル・B・ジョーダン/2026年 | 『罪人たち』で初の主演男優賞を獲得した。 |
ダニエル・デイ=ルイスはなぜ特別なのか
ダニエル・デイ=ルイスは、主演男優賞を3度受賞した唯一の俳優です。受賞作は『マイ・レフトフット』(1989年)、『ゼア・ウィル・ビー・ブラッド』(2008年)、『リンカーン』(2013年)。いずれも異なる人物像を作り上げた演技が評価されました。
彼の記録を語る際に注意したいのが、「男性俳優による演技賞全体の最多受賞」と「主演男優賞だけの最多受賞」は同じではないという点です。ジャック・ニコルソンは主演男優賞を2度、助演男優賞を1度受賞し、ウォルター・ブレナンは助演男優賞を3度受賞しています。しかし、主演男優賞という単一部門で3度受賞した記録は、デイ=ルイスが保持しています。
また、彼は受賞作ごとに異なる人物像を演じています。『マイ・レフトフット』では身体に障害のある画家、『ゼア・ウィル・ビー・ブラッド』では野心的な石油採掘業者、『リンカーン』では米国大統領エイブラハム・リンカーンを演じました。役柄の幅広さと作品ごとの表現の違いが、3度の受賞を理解する鍵です。
【受賞記録の真相】『戦艦バウンティ号の叛乱』から読み解くノミネートの歴史
アカデミー賞主演男優賞の歴史で、特に珍しい記録として知られるのが、映画『戦艦バウンティ号の叛乱』(Mutiny on the Bounty)です。第8回アカデミー賞の主演男優賞では、同じ作品からクラーク・ゲーブル、チャールズ・ロートン、フランチョット・トーンの3人が候補に選ばれました。
3人は同じ映画に出演していても、それぞれ異なる役柄を演じています。クラーク・ゲーブルはフレッチャー・クリスチャン、チャールズ・ロートンはウィリアム・ブライ艦長、フランチョット・トーンはロジャー・バイアムを演じました。ひとつの作品から主演男優賞の候補が3人も出たという点で、歴代のノミネートを振り返る際に欠かせない事例です。
ただし、この3人のうち誰かが受賞したわけではありません。同回の主演男優賞を獲得したのは、『男の敵』(The Informer)のヴィクター・マクラグレンでした。ノミネート人数が多いことと、受賞に至ることは別の結果です。
この記録が興味深いのは、映画作品への評価と個々の俳優への評価が必ずしも一致しないことを示しているからです。作品全体が高く評価されても、主演男優賞では別の作品の演技が選ばれる場合があります。候補者の数だけで受賞の可能性を判断するのは適切ではありません。
また、初期のアカデミー賞では、現在のように主演男優賞と助演男優賞が明確に分かれた制度がまだ整っていませんでした。映画の中でどの役柄が評価対象になるかという区分も、賞の歴史とともに発展してきたのです。
【プロの結論】主演男優賞の受賞の仕組みと歴史を正しく理解する
アカデミー賞主演男優賞を理解するうえで、受賞者の一覧だけでなく、候補者が選ばれる過程と最終投票の仕組みを知っておくことが重要です。映画芸術科学アカデミーの公式投票案内によると、各部門のノミネートは原則として該当部門の会員が選び、最終投票には投票資格を持つアカデミー会員が参加します。投票は秘密投票で行われ、独立した会計事務所が集計を担当します。
主演男優賞はどのように決まるのか
現在の制度では、俳優部門の会員が主演男優賞の候補者を選出し、通常は5人が最終候補になります。その後、最終投票で受賞者が決定されます。第98回についても、映画芸術科学アカデミーが公式に発表した5人のノミネートから、マイケル・B・ジョーダンが受賞者に選ばれました。
第98回のルールでは、最終投票に参加する会員は、その部門のノミネート作品をすべて鑑賞していることが求められました。投票資格や細かなルールは開催回ごとに改定されることがあるため、過去の受賞者の記録を読む場合は、その当時の制度と現在の制度を区別する必要があります。
主演と助演の境界は単純な出演時間だけでは決まらない
主演男優賞と助演男優賞の違いは、出演時間の長さだけで機械的に決まるものではありません。映画における役柄の位置づけや、作品の中で果たす役割などを踏まえて審査対象の部門が扱われます。主演として宣伝されているかどうかだけでなく、実際の演技と役柄の性質を考えることが大切です。
また、主演男優賞は映画全体の優劣をそのまま示す賞でもありません。作品賞、監督賞、脚本賞などとは別に、俳優個人の演技が評価されます。映画が作品賞を受賞していなくても、主演男優賞を獲得することはあります。逆に、作品全体が高く評価されても、主演男優賞は別の俳優に贈られることがあります。
歴代比較で見落としやすい3つのポイント
第一に、授賞式の開催年と映画の公開年を混同しないことです。2026年の第98回は2025年公開作品を対象としています。第1回からの歴史を調べる際も、授賞式の年で並べた一覧なのか、作品の対象年で並べた一覧なのかを確認しましょう。
第二に、受賞回数を比較する際は部門をそろえることです。ダニエル・デイ=ルイスの3度受賞は主演男優賞の記録であり、主演賞と助演賞を合算した記録とは異なります。
第三に、ノミネートと受賞を分けて考えることです。『戦艦バウンティ号の叛乱』のように同一作品から複数の俳優が候補に選ばれた例もありますが、候補者の人数や知名度がそのまま受賞を保証するわけではありません。受賞の経緯を比較する際は、候補入りした事実と最終結果を区別することが必要です。
【アカデミー主演男優賞】に関するよくある質問(FAQ)
Q1:2026年のアカデミー賞主演男優賞は誰が受賞しましたか? A1:第98回アカデミー賞では、『罪人たち』(Sinners)のマイケル・B・ジョーダンが受賞しました。授賞式は2026年3月15日に開催され、2025年公開作品が対象となりました。
Q2:アカデミー賞主演男優賞を最も多く受賞した俳優は誰ですか? A2:ダニエル・デイ=ルイスです。『マイ・レフトフット』『ゼア・ウィル・ビー・ブラッド』『リンカーン』で3度受賞しており、主演男優賞の単独最多記録を保持しています。
Q3:同じ映画から複数の主演男優賞候補が選ばれたことはありますか? A3:あります。『戦艦バウンティ号の叛乱』では、クラーク・ゲーブル、チャールズ・ロートン、フランチョット・トーンの3人が同じ回の主演男優賞候補になりました。受賞者は別作品のヴィクター・マクラグレンでした。
Q4:アカデミー賞主演男優賞の受賞者はどのように決まりますか? A4:俳優部門の会員がノミネート候補を選び、最終候補が決定した後、投票資格を持つアカデミー会員による最終投票で受賞者が選ばれます。投票は秘密投票で実施されます。
Q5:第1回アカデミー賞の主演男優賞受賞者は誰ですか? A5:1929年に開催された第1回では、エミール・ヤニングスが受賞しました。公式記録には『最後の命令』(The Last Command)とThe Way of All Fleshの2作品が掲載されています。
まとめ:歴代受賞者の記録から見える主演男優賞の価値
アカデミー賞主演男優賞は、1929年の第1回から2026年の第98回まで、映画史とともに評価の対象や演技表現の幅を広げてきました。最新の受賞者は『罪人たち』のマイケル・B・ジョーダンであり、歴代の単独最多受賞記録はダニエル・デイ=ルイスの3度受賞です。
また、1932年の同時受賞、シドニー・ポワチエの歴史的な受賞、ピーター・フィンチの死後受賞、そして『戦艦バウンティ号の叛乱』から3人が同時にノミネートされた記録など、歴代一覧には映画界の変化を示す出来事が数多く残されています。
歴代受賞者を比較する際は、受賞回数だけでなく、対象作品の公開年、授賞式の開催年、ノミネートの仕組み、主演と助演の部門差を押さえることが大切です。第98回の結果を起点に過去の受賞作品を鑑賞していけば、俳優の演技だけでなく、時代ごとの映画表現やハリウッドの評価基準の変化も見えてきます。 (出典: アカデミー 主演 男優 賞(Yahoo!ニュース))